訪欧機体名(登録記号) | 年月 | 記事 | 備考 |
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ブレゲー14 初風(J-KIKU) 東風(J-KIRI) |
![]() 立川にて撮影の訪欧機とそのクルー。右手奥に飛行第五連隊の格納庫が写っている。 クルーは、向かって左から、安邊 浩(陸軍航空部から航空局)、篠原春一郎(陸軍航空部検査官付)、河内一彦(朝日新聞)、片桐正平(陸軍航空部検査官付)。 |
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大正14年(1925年) 1月 |
元日の朝日新聞紙面にて、欧州訪問連絡飛行が発表される。 大正9年にイタリア機による訪日飛行への応答。 |
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2月 |
前年に発注されていたブレゲー14(2機)が船着、立川に輸送されて整備が開始される。 以降、立川にて飛行準備が行われる。 |
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7月 |
16日、山階宮武彦王を立川飛行場に迎えて、命名式。 22日、代々木練兵場への出発式。 |
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7月 |
25日、代々木練兵場を出発。 | ||
10月 |
最終目的地のローマに到着。 | ||
大正15年(1926年) 1月 |
クルー、船便にて帰朝。 | ||
石川島 R3練習機 青年日本号(J-BEPB) |
![]() 訪欧から帰朝後に展示された「青年日本」号。 |
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昭和5年(1930年) 10月 |
法政大学航空研究会、訪欧飛行(法政大学主催、朝日新聞社後援)を全国発表。 | ||
昭和6年(1931年) 3月 |
石川島飛行機製作所、訪欧用機(R3練習機)を完成。海防義会から、第十義勇号「青年日本号」(J-BEPB)と命名される。 法政大学性操縦士、立川にて猛練習開始。教官は、熊川良大郎一等飛行士。 | ||
5月 |
28日、立川の出発式。出発地である羽田(開場前)に向かう。 29日、ローマを目指し、羽田を出発。 |
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8月 |
ローマに到着。 | ||
10月 |
クルー、機体とともに神戸に船着。 | ||
三菱雁式高速連絡機 神風(J-BAAI) |
![]() 立川にて撮影の「神風」号。4月6日の2会目の離陸の際とされ、撮影は朝日新聞社の片桐氏。アサヒグラフより。 |
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昭和12年(1937年) 1月 |
元日の朝日新聞紙面にて、「亜欧連絡記録大飛行計画」が発表。 | ||
2月 |
「神風」と命名さる。 | ||
2月 |
機体完成。朝日新聞に引き渡される。 | ||
3月 |
立川を根拠地として、訓練・整備。立川−福岡間の試験飛行なども実施。 | ||
4月 |
2日、第一回目の立川離陸も、天候不良のため引き返す。 6日、第二回目の立川離陸。飛行時間94時余にして、ロンドンへ到着。 |