最終更新日 2018-08-14
日野の記憶(絵葉書による近代記憶)
年月 見出し 絵葉書 補足
蚕業試験場 日野桑園  宛名面が1/3線であることから、明治40(1907)年4月〜大正7(1918)年3月までに発行の絵葉書と分かる。
百草園八幡宮  こちらも宛名面が1/3線であることから、明治40年〜大正7年3月までに発行の絵葉書と分かる。
玉川亭庭前の夕照  日野の渡し(現在の立日橋)近くで明治期〜昭和10年前後まで営業していたとされる玉川亭で、鮎料理で有名になった。創業者の天野要蔵は四ッ谷の生まれとされる、幕末の人。土方歳三とも関係があっただろう。
 宛名面が1/3線であることから、明治40(1907)年4月〜大正7(1918)年3月までに発行の絵葉書と分かる。
大正10(1921)年11月 日野台御野立場の笠松  大正10年11月神奈川県と東京府で行われた秋の陸軍大演習で、統監である皇太子(のちの昭和天皇)が休憩された場所にあった松。『大正一〇年陸軍特別大演習東京府記録(大正14年3月)』でも、笠松と記載されている。
 場所は現・矢の山公園付近。
大正15(1926)年8月 日野橋架橋
  日野橋。  絵葉書は、「立川名所絵葉書・第二輯(立川 三羊堂文具店・南羊堂書店 発行)」から。写真が「新井写真館撮影」とあり、立川のアライ写真館の撮影である。
昭和11(19365)年?頃 吉田時計店日野工場
寄宿舎
昭和30(1955)年?頃 平山城址公園


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