昭和 8年       
         

東京日日新聞(府下版) 昭和8年  
色分けの凡例
飛行第五大隊/連隊/戦隊 第四航空教育隊    
陸軍航空本部技術部
/航空技術研究所
陸軍航空本部補給部立川支部
/陸軍立川航空支廠
/立川陸軍航空廠
陸軍航空技術学校
/東京陸軍航空学校
陸軍航空工廠
行幸、行啓
石川島飛行機製作所
/立川飛行機
中島飛行機 昭和飛行機工業 瓦斯電気工業
/日立航空機
新聞社関係  日本航空輸送
/大日本航空
日本飛行学校
御国航空練習所/御国飛行学校
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訪日機
 
訪欧機
 
太平洋横断機
 
満洲を除くその他の国への
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航空神社 航研機 ニッポン号 献納機


日付 記事タイトル 記事サブタイトル キーワード
昭和08年01月05日精鋭五十七機 多摩川上流で勢揃い 観兵式の空中分列式近づく飛行第五連隊;乙式15機、甲式四型15機、八八式20機、八八式6機;代々木に;新年の初飛行を兼ねて訓練飛行
昭和08年01月06日空の期待大きく けさ民間機初飛行ニ女流飛行家の意気日本飛行学校、御国飛行学校の十数台;正田マリエ嬢の訪欧飛行、朴敬元嬢の郷土訪問飛行
昭和08年01月07日(1)花の四月頃 朴嬢郷土飛行 きのう民間機初飛行日本飛行学校;朴敬元嬢の初飛行の喜び
昭和08年01月07日(2)空中分列式予行とりやめ空中分列式予行;雲と雨でとりやめ
昭和08年01月08日(1)晴れの空中分列式立川機けさ午前十時飛行第五連隊;7日予行、全57機
昭和08年01月08日(2)学生機けさ初練習学生航空連盟;練習飛行の予定
昭和08年01月10日めくら飛行好成績をあぐ日本飛行学校;盲目飛行の訓練;伏見教官、中村助教以下二等飛行士で、立川−村山間を計器飛行
昭和08年01月11日(1)立川に好一対 坊ちゃん嬢ちゃん飛行士広島県から十三歳少年申し込み御国飛行学校;広島県の香川林蔵(十三)からの入学許可照会;日本飛行学校の山下嬢(十三)と一対の坊ちゃん嬢ちゃん飛行士
昭和08年01月11日(2)毒ガス空襲演習立川飛行隊初の試み飛行第五連隊;学科普及教育として毒ガスに関する演習
昭和08年01月11日(3)飛行場だより日本飛行学校;駿河湾魚群探検飛行は冬季休止中も、5月から再開;大野、江島、木内の3名が搭乗
昭和08年01月12日(1)落下傘投下試験日本飛行学校;今回は海軍納入の400個、2月上旬まで;藤倉工業会社製;アブロ2台で約400mの高度から投下
昭和08年01月12日(2)加藤大尉等五戦闘機けさ立川へ飛来太刀洗飛行隊、飛行第四連隊の甲式四型戦闘機による長距離飛行;加藤敏雄大尉等5機
昭和08年01月14日立川−京城 尹公欽君が再挙の郷土飛行九死から得た一生に力瘤日本飛行学校の二等飛行士尹公欽君;所沢でサルムソン「白号」の整備に着手
昭和08年01月17日(1)ティールーム北満の労苦野田政逸陸軍航空兵少佐、飛行第五連隊副官
昭和08年01月17日(2)三百七名の新兵さん廿日を待つ立川飛行第五連隊;今年の入営、総勢307名
昭和08年01月17日(3)太刀洗機帰還飛行第四連隊;加藤大尉以下の5戦闘機、帰還飛行の途に
昭和08年01月18日飛行場だより御国飛行学校;二等飛行士加藤守、宮野正夫両君の卒業式、飛行第五連隊の剣道大会
昭和08年01月19日飛行場だより飛行第五連隊の剣道大会
昭和08年01月21日(1)非常時を背負い 新兵さん晴の入営空の守り立川飛行隊飛行第五連隊;入営兵307名
昭和08年01月21日(2)立川飛行場北端 四万坪を拡張砂川よりに実現決定飛行第五連隊の拡張、陸軍航空技術部の新鋭機審査の関係から;砂川村側府道まで伸びる4万坪
昭和08年01月24日(1)スキー姿で見事に滑走 立川飛行隊の試み立川飛行隊の試み飛行第五連隊;乙式一型偵察機に雪ぞり
昭和08年01月24日(2)船長さんが飛行家志願御国飛行学校の変り種御国飛行学校:予備一等水兵長崎県松浦郡の山中善一史
昭和08年01月25日飛行場だより飛行第五連隊;離任の軍医中尾中尉の送別会
昭和08年01月29日(1)都市対抗 空の都立川へ 球界の立役者飛行機製作所へ函館大洋の堀江君等 紺碧の空、熱球待望石川島飛行機製作所;函館大洋クラブの三塁手堀江武夫、東京大門クラブの中堅主佐藤三郎君の就職
昭和08年01月29日(2)飛行機顫る(ふるえる)立川町の寒さ28日の朝は零下11.5度;民間機は発動機が掛からず、一時飛行不能
昭和08年01月31日立川の空に 印度の青年日本飛行学校入り日本飛行学校;間型の日本飛行学校で学科勉強中のナット・ダット、ケスダス・グルラーの2青年、立川の操縦科に入学;陸軍航空技術部に外国人練習生の許可申請中
昭和08年02月01日空の映画に 石田英坊が登場飛行家で水泳の彼氏 華やかな日本映画入り石田英勝くん、日本飛行学校卒;日本映画株式会社(東亜の前身)と契約成立
昭和08年02月02日(1)金二等飛行士 郷土飛行けさ厳寒の空朝鮮へ二等飛行士金東業くん、2日午前8時立川発;小川町長以下の見送り、「神は愛なり」と書いたサルムソン;東京−大連間の定期航空路を飛行予定
昭和08年02月02日(2)空の彼方から 空界二つの便りパリ 落ちにくい竹蜻蛉機も墜落した 断然風変わりな軍用飛行機陸軍航空本部技術部よりの2つのニュース;オートジャイロ墜落、ニューポールドラージュ590型3発機
昭和08年02月02日(3)飛行場だより飛行第五連隊の夜間飛行(白子−入間川−立川);陸軍航空本部の乃木講支部を創立;石川島飛行機製作所の剣道寒稽古納め試合
昭和08年02月04日如月の空を 一寸郷里まで宮野君が群馬県へ初飛行御国飛行学校の二等飛行士、宮野正夫君;群馬県富岡町までの郷土訪問飛行;アブロ、中村教官同乗
昭和08年02月05日(1)立川−浜松 東海の空に轟く爆音夜間爆撃飛行の壮挙飛行第七連隊;八八式軽爆撃機304号機、308号機;近距離航法、羅針盤飛行演習
昭和08年02月05日(2)派兵一年 空の勇士慰問派遣在満将士慰問;小川町長
昭和08年02月05日(3)不時着耐寒機事故調査委員会へ飛行第五連隊;耐寒試験機(八八式偵察機637号機)、飛行中の発動機停止により不時着
昭和08年02月07日飛行場だより慶大生50名、飛行第五連隊など町内を見学
昭和08年02月08日(1)立川−奉天間 あす耐寒機飛ぶ 空の奉天入城準備一切整う飛行第五連隊の長距離耐寒飛行;事故の637号機に替わり635号機が選ばれ、636号機とともに
昭和08年02月08日(2)息も凍る満洲へ府下部隊の勇士出発 花火を打ち上げ歓送府下満州派遣○○名:出発時、木下連隊長より訓示
昭和08年02月09日(1)辻大尉凱旋立川部隊の辻大尉、明日凱旋
昭和08年02月09日(2)機は安泰 朝鮮飛行近し健気な朴敬元嬢日本飛行学校の二等飛行士朴敬元嬢;サルムソン拡張試験に合格
昭和08年02月09日(3)国粋連盟機難航奈良県の国粋航空連盟;御国飛行学校からアンリオ1台を譲り受け;同連盟の諏訪飛行士、岩崎機関士乗り組みで立川を発
昭和08年02月09日(4)飛行場だより府下○○隊、昨年の上海出征の記念日に会食
昭和08年02月10日耐寒機飛ぶ飛行第五連隊;9日朝に立川出発の耐寒機;8:15に離陸し、太刀洗に直行;午後3時半、太刀洗に到着
昭和08年02月11日(1)辻大尉凱旋立川○○隊の辻大尉、本日凱旋
昭和08年02月11日(2)耐寒機京城へ飛行第五連隊の耐寒機;8:40に太刀洗を離陸、10時半、京城に到着
昭和08年02月14日匪賊と違い 獲物は僅か三匹立川五連隊の兎狩り飛行第五連隊第一中隊;青梅在調布村で兎狩り;第一中隊長中村昌三大尉指揮下130余名
昭和08年02月16日(1)夜間爆撃演習飛行第七連隊の立川−浜松間夜間爆撃飛行;304号機、808号機
昭和08年02月16日(2)飛行場だより北多摩在郷軍人会の模擬動員の申し出;飛行第五連隊の射撃演習、金丸が原で八八式6機、乙式3機で出張;耐寒機、19日に
昭和08年02月17日見なれぬ赤蜻蛉機立川町民の喝采陸軍航空本部技術部のオートジャイロ;真っ赤な機体;青柳少佐の談
昭和08年02月18日(1)霞ヶ浦海軍航空隊立川見学霞ヶ浦海軍航空隊の一三式艦上攻撃機2機、関東半周飛行;立川飛行場を見学
昭和08年02月18日(2)吹雪の中で飛行隊の検閲飛行第五連隊の初年第一期検閲;激しい雪の中で検閲
昭和08年02月21日(1)立川=奉天間 一寸鼻を傷めたが 機上でウヰスキーチビリ耐寒飛行成功す飛行第五連隊の耐寒飛行;電熱式の特殊被服
昭和08年02月21日(2)北郡の号郡七千名 非常時模擬召集三月十日立川に集合北多摩郡在郷軍人会の動員模擬演習;立川飛行場に集合
昭和08年02月23日死線を越えて 飛ぶ満洲の空 悲壮久保木中尉の便り府下部隊の久保氏巌中尉;木下大佐へ便り
昭和08年02月25日男装の飛行家青木ふみさん(昨紙参照)
昭和08年03月02日飛行場だより陸軍航空本部技術部、海外ニュース3つを発表;御国飛行学校、所沢で整備中の十年式耐航検査受ける、仙台の某団体に譲渡のもの;飛行第五連隊の射撃演習参加機、金丸が原へ
昭和08年03月03日(1)飛行隊の敵は 百米先の火事弾薬庫警戒で大騒ぎ飛行第五連隊、石川島飛行機の南側で火事;100mを隔てた弾薬庫で非常警戒
昭和08年03月03日(2)立川飛行隊に 赤痢発生す飛行第五連隊第三中隊兵の赤痢;過般の立川町北口に発生のものに関係か
昭和08年03月04日酒屋の娘さん 二等飛行士に木下嬢が昇格試験御国飛行学校の木下喜代子嬢;二等飛行士昇格試験に;淀橋の酒屋の娘
昭和08年03月07日空の熱河入城 一番乗りに輝く 粒選りの勇士は愉快皆んな独身秋山、生駒、久保木各中尉と山路軍曹 「空の都」の喜び秋山紋次郎中尉の承徳一番乗り
昭和08年03月08日(1)飛行隊に賊飛行第五連隊第一中隊格納庫付近に怪しい人物;人夫らしいと野田副官
昭和08年03月08日(2)飛行場だより飛行第五連隊衛兵所に少女が1円の投げ込み;飛行第五連隊の金丸が原での射撃演習参加機(八八式3台)、帰還
昭和08年03月09日飛行場だより陸軍航空本部技術部、3つの海外ニュースを発表
昭和08年03月10日(1)飛行隊は 空から応援飛行第五連隊、村崎大尉以下12台の飛行機で応援;乙式5台、八八式(偵)5台、八八式軽爆(1台)、九一式(戦)1台
昭和08年03月10日(2)空の落し物西郡大野村肝要付近;飛行機の付属品と見られる鉄製のもの
昭和08年03月10日(3)仙台の魚群探見機近く空輸仙台市仙台会館菊池正治氏;御国飛行学校からの譲り受けの十年式(イスパノスイザ300馬力);日東飛行機研究所の相沢清氏が金華山沖で魚群探見飛行
昭和08年03月11(2)日戦地と銃後の祖国愛 愛国八王子号機 是非建造したい満洲の兵隊さん義金八王子市兵事課奨兵義会;愛国八王子号の資金にと禁煙して貯めた10円を寄贈
昭和08年03月11日(1)非常時陸軍記念日 在郷兵六千を動員 軍都の春朗らか北郡の模擬演習北多摩軍在郷軍人会6000名、青年訓練女性と2000名の模擬動員演習、立川飛行場;飛行第五連隊の八八式5台、乙式10機が立川−扇町屋−青梅−八王子−立川と一周飛行、八八式軽爆撃機の供覧、原大尉操縦による九一式戦闘機の高等飛行
昭和08年03月12日石川島完納式石川島飛行機製作所;7年中の委託機全部を納入;従業員全員に半休;伊藤参事以下祝杯
昭和08年03月18日(1)立松少佐栄転立松部隊長立松芳次郎少佐、飛行第三連隊に栄転
昭和08年03月18日(2)立川の空っ風15mの強風;吹流し;民間機は飛行を中止
昭和08年03月18日(3)飛行場だより日本飛行学校の学生昇格試験;森航空官立会い;二等飛行士試験に田中照久、楊清渓、磯部正夫;サルムソン拡張試験に大西甫、大野源次郎;早大国防会の11名が入営
昭和08年03月19日御国飛行学校 五周年記念祝賀来月三日花々しく御国飛行学校;5周年
昭和08年03月21日春は立松少佐から満洲空の凱旋 栄転の二重奏 嬉しがる子供さん立松部隊長立松芳次郎少佐、飛行第三連隊へ8日に転じ、今月末に凱旋
昭和08年03月22日飛行場だより日本飛行学校の助教並木米三、片山良次郎の2君、5月末に一等飛行士昇格試験
昭和08年03月23日二等昇格試験飛行楊君実地に合格日本飛行学校;楊清渓君、田中照久、磯部正夫3君の合格
昭和08年03月24日空の父・渡辺大将立川へ挨拶廻り航空本部長兼務を解かれた渡辺錠太郎大将、飛行第五連隊や陸軍航空本部技術部に挨拶;技術部でオートジャイロの飛行を見学
昭和08年03月25日(1)超特急慰問袋サンセンス 空の辻対象が戴いた 金一円と添え状日本飛行学校生の愛国熱 ナンと親父の手へ日本飛行学校中村正君あてに、派遣中の飛行○隊長辻邦助大佐から書状;同君が送った慰問袋への礼状
昭和08年03月25日(2)残匪を掃蕩辻少尉からの手紙派遣中の辻繁男少尉から戦況報告
昭和08年03月25日(3)明野機けさ帰る13日から戦闘演習中であった明野飛行学校、寺西中尉以下の九一式戦闘機3機、けさ帰還
昭和08年03月29日(1)大迫大将会長の 防空研究会来月八日愈々発会北多摩郡千歳村軍人分会;防空研究会を組織
昭和08年03月29日(2)案外軽症立川機墜落後報飛行第五連隊;飛行場南の桑畑に墜落した乙式378号機、衣川中尉・北村曹長
昭和08年03月29日(3)空の妙技に 陸の将星感服配属将校の防空演習講習東京市内の配属将校の防空演習講習、立川飛行場にて;八八式偵察機3台、九二式偵察機1台が所沢方面から襲来;仮設聴音機
昭和08年03月29日(4)飛行場だより日本飛行学校の3君(楊清渓君、田中照久、磯部正夫)、今日学科試験
昭和08年04月06日五連隊住復鳩舎問答誤字と分かってケリ飛行第五連隊;「往」復鳩舎が「住」復鳩舎と誤記
昭和08年04月07日(1)明野機けさ 立川へ航法訓練飛行明野飛行学校の長距離野外航法訓練;新鋭機の九一式戦闘機3(三輪大尉、原田大尉、梼原中尉)、九二式戦闘機2(奥山中尉、光岡中尉)、九二式偵察機1(岡部中尉);明野−立川の往復飛行、7日と8日
昭和08年04月07日(2)凱旋する 両将校近く立川へ立松少佐、川島大尉;近く凱旋;立松少佐は盲腸で入院中
昭和08年04月08日(1)妙技に酔うきのう立川飛行場で 飛行学校の編隊飛行東日本の全飛行学校部隊の総勢約80名、立川飛行場に集合;九二式戦闘機、九一式戦闘機、八八式偵察機、乙式偵察機、甲四戦闘機等70台集合;28台の編隊飛行;九一式戦闘機3台の編隊高等飛行
昭和08年04月08日(2)凱旋・直ちに栄転川島大尉を待つ留守宅 今明日中に立川へ栄転と凱旋の立松少佐、川島大尉;今日明日にでも、川島大尉が立川へ一足早く凱旋
昭和08年04月11日(1)御日取きまって 輝く立川町昨日関係者が集合 行幸の第一回打合せ立川への行幸決まる;飛行第五連隊は7日に第一回目の予行を実施、70台の飛行機
昭和08年04月11日(2)晴れの操縦士猛烈な訓練中7日、第一回の予行;70台終結、30台の甲四、八八、乙一の大編隊飛行;九一式戦闘機の特殊飛行学校、九一、九二式戦闘機の戦闘動作、九一式戦闘機3台の編隊高等飛行
昭和08年04月11日(3)川島大尉凱旋川島大尉、10ヶ月振りに凱旋、飛行第五連隊の将校集会所で歓迎式
昭和08年04月13日晴れの日そのまま 廿二日に予行演習わが空軍の精鋭第二回予行演習を22日に実施と決定;60台の飛行機
昭和08年04月14日(1)立川−各務ヶ原きのう往復飛行飛行第五連隊第三中隊の八八式偵察機4台で、往復飛行を実施;村崎大尉(長)、青木大尉、衣川注意、伴中尉、大場少尉、荒木田曹長、野沢曹長、友金軍曹
昭和08年04月14日(2)帝都の空を護る わが立川飛行隊改革の準備は進む飛行第五連隊;九一式戦闘機、八八式偵察機の2個中隊ずつに、整備中隊1個中隊を設ける
昭和08年04月16日行幸近く立川町奉迎に忙がし2000m道路の舗装に着手;飛行第五連隊は沿道建物の化粧直し;飛行場は芝生を焼いて若草の発芽を促す等
昭和08年04月19日(1)行幸道路の改修 飛行場南方千二百米救農工事で廿日着工御通過路の一部、飛行場南方1200mを玉砂利と小砂利で舗装
昭和08年04月19日(2)めくら飛行立川日本飛行学校で 好成績で第一回終了日本飛行学校による盲目飛行;好成績で終了
昭和08年04月20日沼津御用邸の上空を飛行調査方の通牒静岡県三島方面から沼津御用邸上空を飛び去った不敬飛行事件;灰色単葉
昭和08年04月22日行幸道路の改修立川できのう着工御道筋となる1300mの町道改修工事、着工
昭和08年04月23日予行演習第三日きのう挙行天覧飛行予行;行幸当日のまま実施
昭和08年04月25日(1)天覧飛行の華爆撃演習も加わる 偲ばれるその壮観爆撃演習も追加されることに;八七、八八式両爆撃機による模擬爆弾
昭和08年04月25日(2)南翔北飛 偉勲をたてて立松少佐凱旋一年半の苦心を語る 近く栄転して赴任立松部隊長立松芳次郎少佐;23日午前に立川凱旋;北満の体験を語る
昭和08年04月26日天長節観兵式立川で予行29日の天長節観兵式の陸軍機空中分列式;総勢51台4個編隊;飛行第五連隊
昭和08年04月27日行幸に栄える立川 奉迎準備着々進む美観・飛行場の芝生 御待ち申し上げる町民立川町の行幸奉迎準備進む;立川駅、町内、五連隊営庭、飛行場側御通過
昭和08年04月28日(1)三年の宿志を とげる朴嬢五月末に朝鮮への 郷土訪問飛行日本飛行学校;朴敬元嬢;サルムソン機による郷土訪問飛行準備進む
昭和08年04月28日(2)行幸御道筋に遮断箇行幸御道筋、飛行場南側の道路改修工事;2日間、一般通行を禁止;東部は立川衛戍病院、西部は日本飛行学校前に交通遮断柵
昭和08年04月29日(1)秩父の宮様、昨日 行幸の御検分立川に成らせらるる陸軍航空本部技術部の検分に、秩父宮お成り;飛行演習や部内をご検分
昭和08年04月29日(2)立川の高齢者航空神社の境内で奉迎航空神社境内で奉迎の立川町高齢者は、80歳以上のもので49名
昭和08年04月30日(1)全陸軍の優秀機に 選り抜きの名操縦士あす最後の予行演習 行幸を待ち奉る立川行幸準備は、今日30日で終了予定
昭和08年04月30日(2)精鋭代々木へ玉座を左手に拝し 堂々と空の分列式天長節観兵式の空中分列式;51台、浅田中将搭乗の総指揮官機、長嶺大佐
昭和08年05月02日(1)晴れの日そのまま 昨日最後の予行立川の奉迎準備全く成り 行幸を待ち奉る陸軍航空本部技術部をはじめ一万五千の軍民一致で奉迎準備;午後から60台の天覧
昭和08年05月02日(2)近県一周飛行と得意の高等飛行観衆実に一万に達す最終の本格的飛行;飛行場北部に待機中の飛行機60余台;岡村大尉を集団長とする八八式偵察機14台、甲四戦闘機18台が離陸、町田−横浜−川口ー立川の近県一周飛行;横山中尉操縦の九一式戦闘機、山本中尉指揮の甲四戦が離陸、高等飛行
昭和08年05月03日(1)あす行幸 多少の雨なら天覧飛行を決行意気込む名操縦士 天候不良に備えてきのう予行天候不要に備えた予行
昭和08年05月03日(2)五連隊にお花畑奉迎にふさわしい美観飛行第五連隊;連隊本部前にお花畑;府立農事試験場の小山田技手
昭和08年05月04日(1)けさ空都に仰ぐ御英士姿 予報も晴れと出で 踊る町民の心お待ち申し上げた一月余 一代の光栄に感激技術部内の準備、天覧飛行機の整備;駅舎の清掃、駅−技術部間の御道筋の清め;顧みれば一昔前の武蔵野の寒村から全国的にも有数の重要軍都へ
昭和08年05月04日(2)信号一下・精鋭が 晴れの天覧飛行オートジャイロも快翔 玉座近き上空に熱技下志津、明野、所沢の陸軍三飛行学校、飛行第五連隊、航空技術部の銀翼62台;明野飛行学校長徳川好敏中将のご説明
昭和08年05月04日(3)軍部の立川か 立川の軍部か僅か十年にて 今日の大をなす昨夏の飛行第五連隊創立10周年、昨冬の町制10周年;大正11年11月の飛行第五大隊を皮切り;昭和2年には東京国際飛行場として外国機を迎送、昭和4年の日本航空輸送の設立;技術部の移転;民間飛行学校;石川島飛行機、東京飛行機の軍需工場
昭和08年05月05日(1)空軍廿五年の誇り 行幸にいっそう栄ゆきのう初めて聖駕を奉迎 立川軍民の感激午前11時25軍、立川駅到着、11時35分に技術部へ着御
昭和08年05月05日(2)いともご熱心 に天覧杉山中将謹話陸軍航空本部長杉山中将
昭和08年05月05日(3)拾った感激観測通りの行幸日和飛行第五連隊の航空気象観測;航空神社境内の高齢者;天覧飛行中、乙一式偵察機の通信筒つりあげ2回とも失敗、立川っ子の少年「サルでは無理もないよ」
昭和08年05月06日陸軍最初の少年航空兵立川では早く廿名志願陸軍最初の少年航空兵に、立川町は20名の申し込み;明年3月に〆切
昭和08年05月07日移転するのだが 行き先がない立川の両飛行学校日本飛行学校、御国飛行学校、学生航空連盟、8月の立退き承諾書を提出;羽田は練習飛行を許可しないでの法規改正以外望みなし;日本飛行学校伏見教官談話
昭和08年05月10日集う若人千二百全員が飛行場見学 府連合青年団大会13日の府連合青年団大会;終わり次第、飛行場を見学;参加者に立川紹介の絵葉書をお土産に配る
昭和08年05月13日(1)航空本部補給部支部は いよいよ立川町へ敷地買収交渉成立関係敷地3万坪の買収交渉成立;一番の大地主は子安養豚場主岩崎輝爾氏で、約3000坪
昭和08年05月13日(2)去り行く民間飛行町民が同情日本飛行学校、御国飛行学校、学生航空連盟の早急移転;10年間、空を目指す男女の情景の的「立川」が影を失う;立川町発展に役割を果たした民間飛行に町民が同情
昭和08年05月13日(3)埼玉県へ物色御国飛行学校談羽田は現在事実上移転不可能状態に;埼玉県方面に適当なところを見つけるつもり
昭和08年05月16日(1)航空本部補給部 所沢で存続運動安心出来ぬ立川町陸軍航空本部補給部;移転決定、敷地買収の報により、所沢町で存続運動
昭和08年05月16日(2)立川随時検閲きのう五連隊飛行第五連隊の随時検閲;近衛師団長鎌田中将により執行
昭和08年05月17日(1)民間用の飛行場 提供を申し出る砂川村の地主から 日本飛行学校へ砂川村青木巳之助氏、日本飛行学校を訪れ、敷地提供を申し入れ
昭和08年05月17日(2)民間飛行の存続運動立川町長から小川立川町長;行き先の見つかるまで一両年の存続を陸軍に陳情;日本飛行学校でも、日本航空輸送会社の格納庫西側に移転し、飛行場の借用を陳情
昭和08年05月17日(3)昇格飛行の惨めさきのうの結果日本飛行学校、御国飛行学校、津田沼軽飛行クラブの7機;立川−大田原間飛行に発つも、途中で2機不時着、1機は大田原でプロペラ故障、復路も宇都宮で1機不時着(後に帰還)の不成績
昭和08年05月18日早慶自動車競走 立川飛行隊へ出願但し実現は困難早稲田、慶応両大学の学生同好者が組織する自動車協会;総計自動車競走を立川飛行場で行うべく出願;野田副官談
昭和08年05月19日立川の民間飛行へ 正式に立退命令期限九月卅日・移転料なし 一昨日近衛師団から近衛師団経理部、「9月30日までに家屋格納庫を撤廃すべし、但し移転料は支給せず」の命令;日本飛行学校小暮主事「明年4月までの地代を支払っており、立ち退きの補償なしとは驚きです」の談
昭和08年05月21日この勝負?立川の問題の家へ 立退の再交渉開始立川飛行場の問題の家で通る、荒畑金蔵氏の二階家;立退交渉開始;陸軍の補償は約1/3にも満たず決裂;前例を残したくない陸軍
昭和08年05月24日飛行隊を見学今夏の防空演習の充分な知識を受く連合青年団の1300名、飛行第五連隊格納庫前に参集;八八式の通信筒吊り上げ、射撃演習、空中戦等、空陸布板連絡、無電通信等を参観
昭和08年05月25日(1)さらに補給部敷地 六千百坪を買収五地主と交渉成立 愈々民間飛行の命脈断つ補給部敷地買収の第二段として6100坪の交渉成立;日本航空輸送会社の格納庫も新拡張地に含まれる;同第二格納庫を借りている東京飛行機製作所も立退きを余儀なきに到る
昭和08年05月25日(2)空輸会社格納庫 二つは身売りともに歴史的なもの補給部の新拡張地にある日本航空輸送会社の第一、第二格納庫、陸軍に身売り決定;第一格納庫は補給部で借りているもの
昭和08年05月25日(3)航空神社 お引越し説今の場所では不便 軍部側で要望し管理者側も希望航空神社;営外のため朝夕に参拝できない;飛行機の離着陸に支障をきたす;逓信省の電柱置き場付近に移動したい
昭和08年05月25日(4)一般壮丁からは 操縦士になれぬ少年航空兵採用から少年航空兵制度により、航空兵の下士志願で操縦士になり得た道が閉ざされた
昭和08年05月25日(5)航空地帯法を 設けてどかせる立川問題の家へ問題の家、荒畑金蔵氏宅;昭和5年の埼玉県山口貯水池の工事で飛行場南に移転;野田副官談
昭和08年05月26日両飛行学校へ 最後の申渡しきのう近衛師団から補給部の敷地拡張;近衛師団経理部の石井三等主計正;御国日飛行学校、日本飛行学校の代表(伊藤、小暮両氏)を技術部に招き、「立川に存続しようとする意思を捨ててほしい」と最後の通牒
昭和08年05月27日山岳航法飛行立川−新潟間 きのう挙行飛行第五連隊の立川−新潟間山岳航法訓練飛行;第一中隊乙式4機、八八式1機;八八式は新潟に着陸せず、そのまま折り返し
昭和08年06月01日府下部隊の勇士愈々八月には凱旋 立川町で歓迎準備府下部隊篠原部隊付兵士;昨年11月に満期、除隊延期中;8月に編成替え、初年兵派遣により交代して除隊
昭和08年06月02日日本飛行学校 日野町へ敷地を交渉日本飛行学校;日野町上人塚付近を交渉中;国道沿い、多摩川から立川飛行場を脚下に見下ろす地
昭和08年06月07日満期十七歳を待ち 二等飛行士へ御国校の村尾少年(十六歳九ヶ月)御国飛行学校の我国最年少飛行士、村尾園くん;満17歳になるので二等飛行士受験アブロに70時間
昭和08年06月08日航空神社祭けさ立川で盛大に航空神社慰霊例祭;小川町長以下名誉職、殉職者遺族等100余命、木下連隊長以下五連隊将兵400名参列;高橋諏訪神社司祭司;神社北の飛行場にて「捧げ銃」
昭和08年06月09日英霊よ安かれきのう航空神社慰霊例祭航空神社慰霊例祭;航空本部長代理、所沢飛行学校長代理、航空本部技術部長代理、帝国飛行協会、小川町長、小暮日本飛行学校主事、伊藤御国飛行学校長
昭和08年06月10日空陸部隊連絡実習近衛師団の将校下士代表330名の空陸部隊連絡講習;八八式、乙式、無線電信、鳩、布板信号、通信筒吊取を実習
昭和08年06月13日(1)幸にも小野軍曹は 一命を取り止む期待される墜落事故原因調査 田島氏は陸軍葬に陸軍航空本部技術部の○○○○機墜落;久しく無事故の立川を驚かした;制式機としての審査試験飛行中(作業者注、キ二301号機、小野軍曹は28日に逝去、航空兵曹長として叙勲)
昭和08年06月13日(2)飛行隊の演習飛行第五連隊;仙台教導隊との連合演習;第一中隊中村大尉以下の八八式1機、乙式2機
昭和08年06月14日(1)空も悲しみに曇る 田島氏の葬儀きのう厳かに執行軽爆撃機の性能試験中に墜落殉職の陸軍航空本部技術部雇員故田島国三郎氏の葬儀;陸軍航空本部技術部前仮設テントにて執行;航空本部長代理、海軍高等官代理、補給部所沢支部長、帝国飛行協会代表、木下五連隊長、所沢飛行学校長代理、三菱代表・井上氏、川崎代表・竹崎氏、町長代理、伊藤技術部長以下同部全員500名参列
昭和08年06月14日(2)奥さん学第一課 兵隊さんに混じって料理の講習 飛行隊の面白い企飛行第五連隊;同炊事場にて兵食講習会;八宝煮の実習
昭和08年06月16日(1)プロペラ破損前橋付近で立川機が飛行第五連隊第三中隊の乙式780号機、衣川中尉操縦、平伍長同乗;立川−仙台間往復航法飛行にて、前橋付近で雷と雹に遭遇;立川到着後、プロペラが雹のために打ち砕かれているのを発見;近来珍しいこと
昭和08年06月16日(2)プロペラを小学校へ小間野曹長の郷里飛行第五連隊;小間野曹長操縦で昭和4年10月4日に東京湾に墜落;曹長の兄が郷里の小学校へ遺品(カブトと眼鏡)を寄贈するにあたり、プロペラも参考品として寄贈になり、払い下げを願出
昭和08年06月16日(3)空陸連絡演習飛行第五連隊;仙台教導学校との連合演習参加の乙式2機、立川へ帰還
昭和08年06月18日(1)旅客機の修理完成東京飛行機製作所;修理中の日本航空輸送会社の3M機J-BBLO、修理完成;鳥居飛行士が羽田
昭和08年06月18日(2)飛行機より弾丸を落とす陸軍航空本部技術部の八八式偵察機307号機;立川付近で射撃演習中に機関銃弾倉を落とす
昭和08年06月20日空の大試合明野機を迎え 立川部隊の緊張振り飛行第五連隊;明野飛行三連隊(難波少佐以下10機の九一式戦闘機)と攻防演習;作業者注 明野は過ち、八日市が正
昭和08年06月24日(1)「飛五」の編成替え立川より転出者へ 来月廿九日送別会飛行第五連隊;編成替え;8月1日に、飛行第三連隊(八日市)と戦闘偵察中隊の交替;材料廠
昭和08年06月24日(2)空の他流試合ついに中止飛行第五連隊;八日市飛行第三連隊との空の他流試合;雨で飛来できず中止
昭和08年06月28日(1)飛行場の南方に 住宅がたたる軍部にまた悩みの種陸軍航空本部補給部の移転で飛行場南方に多数の住宅が建設される模様;補給部移転を狙って建築計画を未然に防ぐべき、憲兵隊が奔走することに
昭和08年06月28日(2)地上物の取除き師団から命令近衛師団経理部;補給の移転につき、「地上物は2週間以内に取り除くべし」の通知;取除
昭和08年06月28日(3)日本飛行学校 へ美人志願日本飛行学校;横浜アメリカンスクールの山本たつ子さん、入学氏志願;学校は移転計画中のため、移転先決定後に入学するように通知
昭和08年06月29日立川機一五台 けさ明野へ飛行第五連隊;明野での空中射撃縁演習に、八八式6、乙式9が中村、村崎両大尉の指揮で出発の予定
昭和08年07月01日(1)飛五総動員で 明野に向かう昨日空中射撃演習に飛行第五連隊;明野での空中射撃演習;一中隊、八八式606号機、622号機、624号機、乙式758号機、762号機;ニ中隊、乙式753号機、757号機、783号機、1187号機;四中隊、乙式1065号機、1053号機、八八式634号機、638号機、629号機
昭和08年07月01日(2)小野建男曹長 永久に眠るきのう立川で葬儀陸軍航空本部技術部;小野曹長葬儀、同部前飛行場にて;航空本部より小笠原、内田両少将に予備役上原中将、木下連隊長、小川町長、技術部伊藤少将以下全員
昭和08年07月05日(1)航空神社移転 行悩みとなる地主が応ぜぬため航空神社移転;移転先の地主石川嘉六氏、「売るが貸せない」
昭和08年07月05日(2)立川銀座出現近づく補給部員800人の移転を当て込んで計画の二中通り東方の耕地整理;新立川銀座
昭和08年07月07日(1)スハ空襲! 僅か七分で 帝都に完全な防空陣今夏の関東防空大演習に 立川に防禦軍本拠関東防空大演習;立川飛行場を防禦軍本拠に
昭和08年07月07日(2)羽田一本で押進む日本飛行学校;飛行場立退きで適当なところなく匙を投げ、羽田飛行場一本槍で推し進むことに
昭和08年07月11日(1)二発に一発は 確かに命中明野の飛五実包演習 好成績できのう帰還飛行第五連隊;明野での14台の空中実包射撃演習;第四中隊長福澤丈夫大尉談
昭和08年07月11日(2)満洲空の守りわが部隊近く交代府下○○部隊、7月末に除隊延期兵の交代
昭和08年07月12日(1)八月初旬決行朴嬢の大飛行日本飛行学校;朴敬元嬢の内鮮満連絡飛行;13日、サルムソンは検査を受けた後、命名
昭和08年07月12日(2)軍民共同連絡の妙味を発揮立川の防空演習予行立川町一般防空委員会、飛行場防備隊
昭和08年07月12日(3)武蔵野朴敬元嬢の内鮮満連絡飛行;機体命名
昭和08年07月13日飛五の心臓部拡充される材料廠飛行第五連隊の材料廠;昨年度より工場、格納庫を増設
昭和08年07月14日戦闘機二中隊併置 帝都空の守り完備愈々八月一日を期し 立川飛五の陣容替え飛行第五連隊、8月1日の陣容替え;九一式戦闘機2個中隊併備;八八式偵察機2個中隊、九一式戦闘機隊2個中隊、整備中隊、材料廠
昭和08年07月15日警鐘で一斉消灯飛五の夜間演習を利用し 立川町で予行演習関東防空大演習に飛行隊根拠地となる立川町;一、二大隊の夜間演習を利用して予行演習
昭和08年07月18日(1)飛五連隊長更迭【十七日付】 木下敏大佐は浜松へ 後任は田中中佐飛行第五連隊;新連隊長田中毅一中佐、46歳;技術部に一年ばかり
昭和08年07月18日(2)町民諸君の御かげ本社を通じて 木下大佐語る飛行第七連隊に栄転の木下敏大佐;丁度一年半
昭和08年07月20日戦闘機隊を迎えて 画時代的の転替すべてに更新の意気高し 立川飛行第五連隊飛行第五連隊;偵察機隊として11年;はじめて新鋭戦闘機を併用;転出者、下士官16名・兵165名が飛行第三連隊へ、兵13名が飛行第七連隊へ;転入者、下士官22名・兵150が飛行第三連隊より;転出飛行機、乙式偵察機6台が飛行第三連隊へ;転入飛行機、、甲式四型戦闘機12台、九一式戦闘機13台が飛行第三連隊より
昭和08年07月21日(1)飛五の連隊長 きのう交代木下大佐あす浜松へ飛行第五連隊;隊長更迭の引継ぎ
昭和08年07月21日(2)府中防空予行十九日夜は飛行機来たらず府中防空予行演習第2日
昭和08年07月22日山階宮殿下の 御平癒祈願飛行伊藤御国校長が決行御国飛行学校、伊藤酉夫氏;山階宮武彦王殿下の御平癒祈願飛行;サルムソンBALB号で、立川−明野・伊勢神宮、明野−大阪、大阪−名古屋・熱田神宮、名古屋−東京・明治神宮
昭和08年07月23日(1)西郡の予行に 飛行機参加立川五連隊へ出願西郡の防空演習予行;飛行第五連隊へ飛行機の参加を願い出
昭和08年07月23日(2)木下大佐赴任きのう浜松へ飛行第七連隊;新連隊長木下敏大佐、立川発の電車で赴任;将校、下士、兵の計300名が見送り
昭和08年07月23日(3)鈴木大将立川へ在郷軍人会長鈴木壮六大将;石川島飛行機製作所にて戦闘機、偵察機の製作状況を視察
昭和08年07月25日(1)飛五の新陣容幹部決まる飛行第五連隊;連隊長、航空兵大佐田中毅一;副官、航空兵少佐野田政逸;第一大隊(偵察大隊)長、航空兵少佐石橋健;第一中隊長、航空兵大尉中村昌三;第二中隊長、航空兵大尉福澤丈夫;第二大隊(戦闘大隊)長、航空兵少佐難波作;第三中隊長、航空兵大尉中重長吉;第四中隊長、航空兵大尉松村黄二郎;整備中隊長、航空兵大尉吉川千賀蔵;材料廠長、航空兵少佐佐藤久八
昭和08年07月25日(2)戦闘機隊来る八日市から立川へ飛行第五連隊;8月1日からの編成替え;九一式戦闘機○○台の空中輸送;尾翼に三本線
昭和08年07月26日(1)廿八日晴の出発町民の歓送準備 わき立つ立川町府下立川部隊の立川出発
昭和08年07月26日(2)補給部立川支部と改称八月一日から陸軍航空本部補給部;所沢支部を立川支部に改称
昭和08年07月27日(1)突如予定を繰上げ 八月一日帰郷在満立川部隊の将士府下部隊の交代兵;在満飛行○○隊より、8月日東京駅に着と連絡
昭和08年07月27日(2)武運長久を 神に祈る立川の渡満部隊府下○○部隊;28日に渡満;航空神社に参拝
昭和08年07月27日(3)田中連隊長初巡視飛行第五連隊;連隊長田中中佐の初度巡視
昭和08年07月28日(1)けさ歩武堂々と 『吾等の精鋭』は往く思いやられる駅頭の盛観府下○○部隊の伊藤丑治大尉以下下士○名、兵○○○名;昨夏の辻部隊以来
昭和08年07月28日(2)空中演習視察陸軍航空本部技術部;陸軍省の柳川次官はじめ参謀本部意古荘中将、陸軍兵器局長上村少将、航空品部小笠原少将ら40名;戦闘機と爆撃機の空中攻防演習を視察
昭和08年07月28日(3)飛行隊行事飛行第五連隊;8月行事決定
昭和08年07月30日(1)西郡予行演習に 立川機参加緊張する各町村関東防空演習;五連隊に飛行機の参加を申請中のところ、1台参加の決定
昭和08年07月30日(2)偵察機六機立川とお別れ飛行第五連隊;編成替え;乙式偵察機6機;八日市へ空中輸送
昭和08年08月01日(1)戦闘機隊を迎えて けさから新陣容凱旋・転出入に大多忙 『われ等の飛五』拡充飛行第五連隊;創設以来11年の偵察機隊から戦闘、偵察併用機隊へ編成替え
昭和08年08月01日(2)勇士よ・御苦労様 けさ晴の凱旋立川駅着午前七時五分 あすは除隊、故郷へ昭和6年11月に派兵の立松芳次郎部隊付として渡満の○隊の兵○○○名、凱旋
昭和08年08月02日(1)軍都立川に沸く 喜びの二重奏凱旋転出 歴史的の歓送迎府中○隊斎藤和久大尉ほか○○名の凱旋;アブロ機低く飛来、歓迎飛行;田中連隊長の訓示
昭和08年08月02日(2)立川よ・さらば 新任地に向う転出者の盛んな見送飛行第五連隊からの転出者;飛行第七連隊、飛行第三連隊へ
昭和08年08月02日(3)田中連隊長 大佐にきのう昇進飛行第五連隊;連隊長田中毅一中佐、1日付で進級発令
昭和08年08月03日(1)昨日転入者を迎え 編成替の大業完了『われ等の飛五』に新精鋭 町をあげて大歓迎飛行第五連隊;飛行第三連隊からの転入者○○○名、2日に到着;引率は荒木中尉;田中連隊長から3つの注意
昭和08年08月03日(2)一夜あくれば郷軍 なつかしの故郷へきのうめでたく除隊凱旋兵○○名、朝食後に除隊;立川町及び石川島等からの記念品
昭和08年08月03日(3)飛五新陣容きのう発表新旧の部、転出の部、転入の部、体内移動の部;既報のごとく
昭和08年08月04日(1)完全に燈管偵察機に同乗した野田少佐語る飛行第五連隊;八八式偵察機2機(半谷曹長操縦・野田少佐同乗、佐々木曹長操縦・田中中尉同乗);空中から立川町の防空演習予行を視察
昭和08年08月04日(2)飛五できのう 命課伝達式飛行第五連隊;材料廠長に補せられた石原寛次少佐と整備隊長吉川千賀蔵大尉の命課伝達式;飛行第三連隊からの転入者への命課伝達式は、4〜5日中に実施のはず
昭和08年08月04日(3)北郡だより御国飛行学校;実地試験に合格の土岐、高石両君、航空局で学科試験
昭和08年08月05日(1)立川から六台飛ぶ昨夜両郡へ飛行第五連隊;藤井少佐指揮の八八式偵察機、西郡と北郡に3台ずつ飛び、燈火管制を点検
昭和08年08月05日(2)難波少佐等けさ着任飛行第五連隊;飛行第三連隊から転入の難波少佐以下9名;今日、着任
昭和08年08月05日(3)日本女性初の 玄界灘越え朴嬢の鮮満飛行は七日羽田発壮途へ日本飛行学校;立川の民間飛行の最後を飾る、朴敬元嬢の鮮満飛行;7日に決行、3日に愛機青燕号を羽田に空中輸送;4日、立川を去るに臨んでの談
昭和08年08月05日(4)伊藤校長も七日に出発御国飛行学校;立川の民間飛行の最後を飾る、伊藤校長と高橋機関士のサルムソン、空の宮様の御平癒祈願飛行;7日に出発と決
昭和08年08月05日(5)立川機衝突陸軍士官学校教官坂本末男大尉、飛行第五連隊の八八式偵察機を操縦・着陸時に、飛行場東南にあった九二式偵察機(66号機、明野飛行学校内田曹長操縦・川勝中尉同乗が当日飛来)に衝突;九二式偵察機は尾部メチャメチャも、坂本大尉は無事
昭和08年08月06日難波少佐等きのう着任飛行第五連隊;飛行第三連隊から転入の難波少佐以下9名、着任;編成替えの移動は完了
昭和08年08月09日(1)今日開始 守れ・帝都の兵站部 任務は重し一市六十六町村民 愈々関東防空演習関東防空演習、9日から12日まで
昭和08年08月09日(2)朴嬢亡し 空への精進九年 遂にこの参事育ての親日本飛行学校 係員驚いて現場へ7日羽田出発の朴敬元嬢、日本飛行学校二等飛行士;同日最大航続時間を過ぎても消息不明、夕刊既報のように8日に惨事の通牒
昭和08年08月10日御沙汰を庁員に伝達 知事も第一線へ 府下を視察各地ともに好成績 関東防空演習【第一日】関東防空演習;八王子上空に3機の敵軽爆撃機;防空飛行隊に撃退さる
昭和08年08月11日(1)防空演習第二日 畏し!侍従武官を 府庁へ御差遣知事に代わって学務部長 西多摩郡を視察関東防空演習;八王子上空に敵軽爆撃機;防空飛行隊と空中戦闘
昭和08年08月11日(2)飛行機事故の 飛ばっちり負傷者・断線・小火飛行第五連隊;川上敏雄伍長操縦の八八式偵察機(634号機)、飛行場に入れ切れず高圧線、青梅・逓信・京王の3線に接触;救助に駆けつけた人が高圧線に触れ重軽傷を負う
昭和08年08月13日補給部支部は 九月に着工第一年は六十万円補給部立川支部の移転新築;師団経理部による地上物の取り除き検査;民間飛行学校を除き取り除かれていた;9月に着工
昭和08年08月15日戦闘機の野外飛行十七、十八両日飛行第五連隊;第三、四中隊の野外飛行、東北方面に;第四中隊、九一式戦闘機164号機、
昭和08年08月17日(1)発動機試験場に 地元民また悲鳴再び撤廃運動起る田無町字北原の中島飛行機発動機試験場;大正14年設立;常時、5〜11台の発動機の騒音により1里四方に轟音
昭和08年08月17日(2)高垣特務曹長月末に凱旋府下部隊として昨春派遣の高垣利一特務曹長;月末に凱旋;八八式および乙式の操縦に優れる
昭和08年08月19日伸びる立川 補給部来の声に増築の貸家と商店陸軍航空本部補給部;移転による800余人の移住者を当て込んだ商店、貸家の増築;西立川駅、現在1日2回の停車も駅構内改修、駅舎新築も
昭和08年08月22日民間飛行前の 町道を変更軍部から町へ要望陸軍航空本部補給部立川支部;民間飛行前の道路が邪魔になるので、変更を要望;陸軍側は陸軍敷地内に町道があると警備の支障から、補給部敷地西端に新道路を設ける
昭和08年08月23日(1)損害の賠償は 演習費から飛行隊大まごつき飛行第五連隊;八八式偵察機634号機川上機の事故;青梅電車から2,000円の賠償を求められた;師団からは演習費から支出せよとの回答
昭和08年08月23日(2)『ウーム八年か』陸軍側求刑の日に 飛行隊の野田副官五・一五事件の求刑に、飛行第五連隊の野田副官
昭和08年08月23日(3)飛五の九月中の行事飛行第五連隊;9月行事決まる
昭和08年08月29日師団長宮殿下きのう初度御巡視 光栄の飛行五連隊新近衛師団長朝香宮殿下、飛行第五連隊を初度巡視
昭和08年08月30日(1)けさ第一回の賠償打合わせ飛五と青電飛行第五連隊;八八式察機634号機川上機の事故;青梅電車高圧線切断被害賠償折衝の第一回;青梅電車側は2000円;軍側の苦しい事情を開陳して極力減額方願
昭和08年08月30日(2)待った満十七歳村尾少年九月廿日に 二等飛行士昇格試験御国飛行学校の村尾君の二等飛行士昇格試験;アブロ、アンリオ両機に74時間;民間飛行の最後を飾る
昭和08年08月31日(1)飛五検閲演習計画きまる飛行第五連隊;来月5〜6日に、杉山航空本部長の検閲;その演習計画決定
昭和08年08月31日(2)飛五だより飛行第五連隊の士官候補生、来月一日からの入校を許可された
昭和08年09月03日(1)飛五除隊兵の就職希望者八十名に達す飛行第五連隊;11月20日に除隊の下士兵180名中、就職希望者が80名に;近く紹介状を発送
昭和08年09月03日(2)陸相から感謝状満洲事変;国防兵器その他を陸軍に献納した八王子市に、荒木陸相から感謝状
昭和08年09月03日(3)飛行機三台を騙りそこなう松村大尉の名を使い航空寮(立川町2667)止宿中の大連市阿部久を逮捕;東京飛行機製作所に旅順工科大学松村大尉の代理として飛行機三台を注文、5千円の手付け金がないため取引延引していたもの;飛行機の詐取せんとした事実も判明
昭和08年09月05日(1)飛行隊の検閲今明両日挙行飛行第五連隊;航空本部長検閲;新陣容初の大演習
昭和08年09月05日(2)飛五演習計画きのう発表飛行第五連隊:演習計画を発表;宇都宮師団連合演習、八八式3台;第二師団連合演習、乙式3台;自動車行軍
昭和08年09月06日十五メートルの強風衝いて飛五の検閲始まる飛五の検閲始まる
昭和08年09月07日(1)地上で飛行機の操縦練習淀橋区西大久保の斉恒雄さん方中澤一郎氏;地上で飛行中と同じ状態にする装置の図面を飛行第五連隊に送付;技術部に回送
昭和08年09月07日(2)廿台入り乱れ 払暁の空中戦飛五の検閲演習終わる飛行第五連隊;航空本部長検閲演習;午前4時から7時に渡って20台の戦闘機・偵察機が空中戦闘
昭和08年09月13日(1)『補給部来』にも 貸家足らずまして『三間で十円』航空本部立川補給部の移転;佐藤少佐、来立;三間で10円以下の貸家200戸の供給を要求;新築しても三間で10円の貸家ができるか疑問
昭和08年09月13日(2)民間が引払って その後へ補給部来月より工事に着手第一年度80万円の補給部建築入札が20日に;日本飛行学校、9月末で練習打ち切り、10月1日から校舎格納庫の取除き
昭和08年09月13日(3)地上滑走機御国飛行学校へ御国飛行学校;今回購入の地上滑走機は、アンザニー35馬力の仏国ブレリオ会社製;今日から組み立て開始、4〜5日中に試験
昭和08年09月15日(1)負傷兵の空中輸送見事西山一等兵
昭和08年09月15日(2)馬野軍曹は飛五の派遣生所沢飛行学校馬野忠義軍曹;8月1日に五連隊に転籍、操縦学生として派遣中;野田副官が急行、葬儀につき打合せ
昭和08年09月15日(3)飛五の満洲事変記念日飛行第五連隊;満州事変2周年;特別な催しはないが、昼食時に派遣将兵の武運祈願
昭和08年09月15日(4)豆ニュース飛行第五連隊;八八式偵察機(河合曹長操縦)、照明弾を落としたが、間もなく道路に堕ちているのを発見
昭和08年09月19日(1)夜間飛行中止浜松、立川間飛行第五連隊、飛行第七連隊;東海道夜間飛行;松村大尉以下九一式戦闘機3台を浜松に;出発時に1機プロペラ破損の電報;代品発送
昭和08年09月19日(2)陸軍特別航空演習立川隊も参加秋、伊勢付近で行われる陸軍特別航空大演習;飛行第一、二、三、四、五の国内連隊に、台湾の飛行第八連隊;乙式、八八式、九二式の偵察機に、甲四、九一式の戦闘機;飛行第五連隊からは一大隊の八八式○台、二大隊の九一式戦闘機○台が参加
昭和08年09月20日照空燈の設備も空し 両機遂に帰らず悲報に更けたその夜の飛五 居室に残る梨一個夕刊既報;飛行第五連隊;浜松から立川へ;鶴○広中尉、谷口善七曹長(九一式戦闘164号機)、静岡県周智郡熊切の小芋山に墜落、殉職
昭和08年09月21日(1)ああ両勇士二日にして変わり果てた姿 遺骸昨夜立川に帰る飛行第五連隊;浜松ー立川間飛行;第四中隊の鶴中尉、谷口曹長の遺骸、立川に帰る;両氏はそれぞれ昇進
昭和08年09月21日(2)立川民間飛行の最後を飾る村尾少年等の受験御国飛行学校;村尾誓円君の二等飛行士昇格試験(立川−大田原間野外飛行)、森航空官立会い
昭和08年09月22日きょう連隊葬昨夜は全員交代で通夜 故鶴、谷口両氏飛行第五連隊;22日に四中隊格納庫にて葬儀、松村大尉からの遭難状況報告
昭和08年09月23日(1)両勇士 永久に眠る昨日悲しくも盛大に 立川で飛行第五連隊葬飛行第五連隊;故鶴大尉、谷口特務曹長の連隊葬;参列者、三千名
昭和08年09月23日(2)西部立川への 幹線道路を新設補給部の建設から補給部の建設;砂川村役場から航空技術部発動機試験所まで幅員3間、延長7町を更に延長し、養豚場と補給部の境を貫いて府道農農事試験場北裏まで延長
昭和08年09月26日(1)飛五二期検閲廿七、八両日飛行第五連隊の二期検閲;飛行機は八八式8台、甲式四3台
昭和08年09月26日(2)特別大演習へ飛五も参加今秋の陸軍特別大演習;第二中隊が選抜され、参加に決定
昭和08年09月27日天晴れ両少年見事二等飛行士に きのう多数の昇格飛行立川民間府移行の最後を飾る学生昇格試験;村尾、大岸両君をはじめ8名が場内試験を完了;一等飛行士に、片山良次郎(日本飛行学校);二等飛行士に村尾誓円(御国飛行学校)、澤田義文、大岸真左勝、飯島行雄(以上、日本飛行学校);高石君(御国飛行学校)、他は機体故障により延期
昭和08年09月28日(1)発動機が脱落機は墜落、すぐ焼失飛行第五連隊;第二期検閲での空中戦等で、九一式戦闘機(211号機、福山米助曹長操縦)、発動機脱落により墜落;曹長は落下傘降下で無事
昭和08年09月28日(2)立川を去る民間飛行【上】陸軍も羨んだ 最初の高等飛行 飛行場に狐が出る日本飛行学校小暮主事の回顧
昭和08年09月28日(3)北郡だより御国飛行学校;山中蕃一君、午前の大田原−立川間野外飛行と午後の場内飛行学校に合格;他は高石晴夫君だけ
昭和08年09月29日(1)飛五検閲終了飛行第五連隊;検閲終了
昭和08年09月29日(2)両君も合格日本飛行学校、古河飛行士のサルムソン拡張;音国飛行学校の高橋飛行士の甲一の拡張試験;森航空官立会いで、両君合格
昭和08年09月29日(3)立川を去る民間飛行【中】帝都空の玄関 国際飛行場となる東京国際飛行場時代
昭和08年09月29日(4)高石晴夫君二等飛行士に本社主幹令甥御国飛行学校;高石晴夫君、二等飛行士に
昭和08年09月30日(1)立川を去る民間飛行【下】殆ど事故なし すぐれたその技日本航空輸送会社移転後時代
昭和08年09月30日(2)同乗飛行で お名残り日本飛行学校日本飛行学校;今日で練習打ち切り;小川町長以下各方面の代表を招待して、アブロ、アンリオ5台で同乗飛行
昭和08年10月01日(1)除隊兵の就職四名は有望飛行第五連隊;東京市神田職業紹介所軍人部主任、在郷軍人職業補導部主任が飛行第五連隊を訪問;「4名だけは何とかなる筈」の野田副官談
昭和08年10月01日(2)飛五で今日入隊と除隊飛行第五連隊;入営19名、除隊80名
昭和08年10月01日(3)お名残り飛行きのう挙行日本飛行学校のお残り飛行;立川青年団長以下50名、伏見教官以下の操縦するアブロ機に同乗;去る民間飛行学校を惜しむ最後の交歓
昭和08年10月03日引っ越したくも 貸家が不足補給部支部の従業員補給部田樋川支部;立川憲兵隊の調べでは、従業員向きは僅か48軒、小川町長に進捗を斡旋;家あれば移転が300戸、どうしても移転したい170戸
昭和08年10月07日飛五の精鋭 明野へ十日に出発飛行第五連隊;特別航空演習に参加の松村黄次郎隊指揮の甲四戦8台、福沢丈夫大尉指揮の八八式8台;難波少佐輸送指揮官、連隊長とともに列車で出発;野田副官は6日に先発
昭和08年10月10日今朝 飛五の精鋭 明野に向う特別航空兵演習へ飛行第五連隊;特別航空兵演習;偵察機、下志津−明野−本地原(着陸)−(旅行)飛行第二連隊−和歌山−明野;戦闘機、立川−三保松原(着陸)−岐阜(着陸)−和歌山(着陸)−明野;第一中隊(八八式偵察機)、606号号機、134号機、622号機、予備機118号機;第二中隊(八八式偵察機)、618号機、629号機、121号機、予備機618号機;第三中隊(甲式四型戦闘機)、253号機、261号機、259号機、予備機240号機;第四中隊(甲式四型戦闘機)、予備機255号機
昭和08年10月11日(1)発動機試験場 立川へ移転の噂中島が飛行場北東隅へ中島飛行機製作所田無工場;立川飛行場北東隅の買収済み用地へ発動機工場移転か?;音声争議の中島には一石二鳥
昭和08年10月11日(2)暁を衝いて飛五の精鋭勇躍出発 特別航空兵演習に参加飛行第五連隊;特別航空兵演習;二中隊長福澤大尉以下の八八式3、三中隊長松村大尉以下の甲四式3、四中隊長松村大尉以下の甲四式3、午前5時半に離陸
昭和08年10月18日七台雁行 富山へ大演習参加の立川五連隊機飛行第五連隊;築郡特別大演習参加の入田中尉以下7台、午前9時に離陸;5台と2台の編隊で富山へ
昭和08年10月19日(1)総てに東洋一立川の補給部支部 いよいよ工事開始陸軍航空本部補給部立川支部;第一年の工事約100万円;正門、航空本部技術部入口青梅線北側;付属家屋、その裏;大格納庫、その北裏に1600坪、南北は日本飛行学校から東京朝日格納庫まで、東西は町道際から西へ40間;第一年の工事では、日本航空輸送会社の格納庫と御国飛行学校以北はそのまま
昭和08年10月19日(2)町道付替へその影響は大きい 町役場当局は語る飛行場南一部と西全部の町道を廃止、補給部外側に大迂回する新道付替は影響が大
昭和08年10月22日(1)確定した者一名もなし除隊兵の就職飛行第五連隊;除隊兵中の就職希望者40名;今年は成績不良
昭和08年10月22日(2)飛五だより飛行第五連隊;11月の行事と移動者(作業者注、この中に大室孟、島田健二、歌代誠四郎各少尉の名が見える)
昭和08年10月24日きょう近衛師団へ陳情立川町から補給部支部敷地内に入る立川町の道水路付替えに関して、軍部と町で妥協成立しないので、師団に陳情者を派遣
昭和08年10月25日飛五だより飛行第五連隊;2名に少尉候補生と12月1日付の士官学校入学を命ず;北村乃木治、青木覚三両特務曹長
昭和08年10月28日『飛五』の勇名を 轟かせて帰る大演習参加の八台飛行第五連隊;陸軍特別大演習参加の8機(一中隊2機、二中隊6機);628号機は胴体背部が毟り取られて皮肌を現す
昭和08年10月29日飛五だより飛行第五連隊;一中隊、一宮付近出の演習に八八式3台本日派遣
昭和08年10月31日飛五だより飛行第五連隊;所沢と浜松の飛行学校へ分遣中だった将校下士兵は、卒業;移動;第二格納庫前に新設中のコンクリート整備台完成、霜解けの悩みから解放
昭和08年11月02日飛五の精鋭 下志津へ師団演習参加飛行第五連隊;4日からの師団演習に参加機;一・二中隊八八式各4台、三・四中隊九一式各6台が参加
昭和08年11月07日飛五だより飛行第五連隊;田中連隊長の出張;二、三中隊は6日からの秋季演習の第二期に入り八八式4台、九一式6台が終結、四中隊の地上員は6日下志津へ
昭和08年11月08日飛五だより飛行第五連隊;朝香宮妃殿下の争議に田中連隊長以下将校20名参列;飛行第一連隊の各務ヶ原−立川間航空演習飛行で、九一式3機が午前10時に飛来、午前11時に帰還の途に
昭和08年11月12日空中勤務者 教育査閲十六日飛五で飛行第五連隊;八年度の空中勤務者の教育査閲、中隊全員に実施;秋季演習来隊翌日に豪華な空中戦
昭和08年11月14日(1)減音装置に満足速やかに残り八棟にも 発動機試験場できのう実験中島飛行機製作所田無発動機試験場;佐藤式減音装置、30分の実験で効果は満足;なるべく短日時に残りにも装置
昭和08年11月14日(2)認めそうもない 五つの条件立川から近衛師団へ 水路管理替え問題補給部支部の新設し基地内に入る水路の管理替え交渉、双方強行で解決せず;水利組合から5項からなる条件を師団経理部に回答
昭和08年11月14日(3)道路拡張は近く回答立川町へ軍から、元空輸会社の東方を4間に拡張要求
昭和08年11月15日(1)除隊・あと五日みやげ物にいそがし飛行第五連隊:満期除隊の20日せまる;「農村不況といっても除隊は格別なかなか売れます」とみやげ品商店の談
昭和08年11月15日(2)飛行第五連隊の除隊式十八日挙行飛行第五連隊;除隊式次第を発表
昭和08年11月16日きょう空中勤務者の検閲飛行第五連隊;空中勤務者の検閲
昭和08年11月17日騒音問題 近く解消五月末までには全棟に装置中島飛行機製作所、田無発動機試験場:佐藤式減音装置;既に2棟は着工、5月末には全棟完成予定
昭和08年11月19日あすは丸腰飛五できのう除隊式飛行第五連隊;満期兵除隊;田中連隊長の訓示
昭和08年11月22日(1)中島製作所の 移転見合せ陸軍より横槍入る中島飛行機製作所;立川飛行場東北隅の3,000坪を購入;陸軍より「飛行場の保護上支障あり」との意見で、見合わせ;軍需品工場として陸軍の意向を聴取せずに土地買収したことは不都合
昭和08年11月22日(2)匪賊と四十日遂に囲みを脱した西ヶ谷曹長凱旋関東軍○○○隊付けとして派遣中だった立川隊付けの西ヶ谷武正曹長;八八式でハルピンから15km地
昭和08年11月23日空に妙技立川飛行第五連隊の 検閲好成績で終る飛行第五連隊;八年度教育総決算の空中勤務者検閲;一・二中隊の乙一・八八、三・四中隊の九一・甲四の30余台;四五期生の高等飛行;技術部上空1200mでの九一式同士の空中戦闘
昭和08年11月29日(1)ハンドル二筋道自動車を飛行機に乗り換えて 立川の二君空の曲芸立川町原市場の大野資君;アブロ機で、12月初旬に高崎で空中ページェント挙行;パラシューターには大野君経営のツバサタクシーの運転手阿部茂君、大野君経営の大和飛行機研究所で三等飛行士に
昭和08年11月29日(2)騒音問題手打ち防音装置を六か月内に完成 中島飛行機が言明中島飛行機製作所、田無発動機試験場;佐久間支配人と富沢庶務課長、防音装置を六か月内に完成と言明;地元も涼として無条件に承諾
昭和08年12月01日(1)立川機 きょう出発晴れの九州飛行へ飛行第五連隊;第二中隊の九州飛行;八八式偵察機2機
昭和08年12月01日(2)飛五だより飛行第五連隊;整備中隊の辻栄二上等兵他18名、下志津飛行学校へ分遣
昭和08年12月02日(1)飛五初の長飛行 二機九州へ往復今夕帰着の予定飛行第五連隊;第二中隊の川上伍長、藤森少尉操縦で午前9時に離陸
昭和08年12月02日(2)飛行第五連隊 大移動きのう発令飛行第五連隊の任官移動
昭和08年12月03日誉れの空の勇士(別面所載);飛行第五連隊;立川−鹿屋間無着陸飛行の帰還
昭和08年12月05日(1)新記録めざし立川鹿屋第二次飛行(夕刊既報)飛行第五連隊;立川−鹿屋間二次飛行;桐畑川上両氏の記録4時間5分を破れるか:八八式629号機(入田少尉操縦、福沢大尉同乗)、638号機(手塚特務曹長操縦、半谷特務曹長道場)
昭和08年12月05日(2)太刀洗に安着飛行第五連隊;第二中隊の八八式偵察機2機、午後2時半、太刀洗に安着
昭和08年12月06日第二次飛行も 好成績に帰る立川機の立川−鹿屋飛行第五連隊;八八式629号機(入田少尉操縦、福沢大尉同乗)、638号機(手塚特務曹長操縦、半谷特務曹長道場);638号機は鹿屋到着時に上翼下面を破り、付近で集めた針と糸で修復;4時間17分で帰還
昭和08年12月08日きょうは晩まで耐久飛行飛行第一連隊の長途耐久飛行;斎藤庄吉大尉指揮の九一式戦闘機7機;立川−浜松−各務ヶ原−福井−各務ヶ原のコース
昭和08年12月12日飛三の壮挙飛行第三連隊の八八式偵察機2台、八日市−(浜松−熱海)−立川間航法演習
昭和08年12月14日飛三機立川へ飛行第三連隊の八八式偵察機2台(649号機、655号機)、立川到着
昭和08年12月15日予備下士受験御国飛行学校からの陸軍予備下士受験者;影山太郎、吉田武治、村尾誓円の3名;心理試験に、操縦実地試験
昭和08年12月16日飛五だより飛行第五連隊;下志津飛行学校の研究演習は中沢大尉以下の九一式、八八式、九二式の8台での立川飛行場を中心とした攻防戦;兵器検査
昭和08年12月22日地上でできる 爆弾投下演習飛五の小林少尉完成飛行第五連隊;第一中隊小林美晴中尉;地上でできる爆弾投下練習習装置を完成;第一中隊はこれによる練習を続行
昭和08年12月23日小型旅客機きょう試験飛行東京瓦斯電気工業会社;ガス電式千鳥号:立川の東京飛行機製作所で完成;駒林航空官立合いで、今日、立川飛行場で試験飛行
昭和08年12月24日(1)府民あげて奉祝 神域・多摩の山々にこだまする『弥栄』知事参内して御祝言上 府会から賀表奉呈皇太子殿下誕生;本社機の奉祝飛行、飛行機3台;飛行第五連隊田中連隊長の謹話
昭和08年12月24日(2)空の渡舟小型旅客機の試験飛行良好東京瓦斯電気工業会社;準国産小型旅客機千鳥号:好成績の試験飛行;機体は銀色に樺色で隈取り
昭和08年12月28日補給部立川支部昼夜兼行で工事し 四月花々しく開部陸軍航空本部補給部立川支部;本館は7分通り出来