昭和12年         

東京日日新聞(府下版) 昭和12年  
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飛行第五大隊/連隊/戦隊 第四航空教育隊    
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昭和12年01月05日一月ごよみ立川地方飛行第五連隊;行事予定
昭和12年01月06日軍国風景飛行第五連隊;初年兵を迎える準備なる
昭和12年01月07日精鋭六十一機堂々空中分列の陣 きのう立川隊其他観兵式予行飛行第五連隊;陸軍始観兵式の予行;徳川航空兵団長は、石川少尉操縦の偵察機に搭乗して、所沢、下志津、熊谷の飛行学校機と飛五機の計61機を従え、狭山−志木−荒川−千住−上野公園−品川−日比谷交差点へ;九一式戦闘機
昭和12年01月08日(1)飛行隊前に郵便局立川町中町通り東側に新築中の新三等局、「立川飛行隊前郵便局」として完成;近く開局に
昭和12年01月08日(2)空軍の新鋭を迎える準備完了立川へ二百七十五名飛行第五連隊;初年兵275名の宿舎決まる
昭和12年01月08日(3)中島製作所近く拡張に着手中島飛行機田無製作所;拡張に近く着手
昭和12年01月09日(1)張りきった青春D果知らぬ大空に 限りなく続く憧れの空飛行第五連隊;第二期少年航空兵、宇井上等兵;昨秋の熊谷飛行学校卒業時は、首席の銀時計
昭和12年01月09日(2)凸陣形鮮やかに 無敵空軍の航進立川機の観兵式参加飛行第五連隊;陸軍始観兵式の空中分列式、8日、62機で挙行;立川からは、徳川指揮官以下18機;「編隊飛行は好成績であった。搭乗者一同の労を謝す」の型破りの講評
昭和12年01月10日(1)各地に軍国絵巻きのう入営兵勇躍出発飛行第五連隊の入隊兵準備;八王子、立川、町田
昭和12年01月10日(2)入営の準備全く整う立川飛五連隊飛行第五連隊;今日10日に、275名の初年兵入営
昭和12年01月12日両肩に輝く一ッ星みごと!はちきれる元気で 空の初年兵二百七十五飛行第五連隊;263名の初年兵入営;275名の予定も、12名の病気による即刻帰郷者
昭和12年01月13日選ばれれば檜舞台へ立川空軍の輝く二星飛行第五連隊;夕刊既報;明野飛行場での航空兵団特別射撃演習に出場の飛五代表に、偵察機射手・山田壮一中尉、戦闘機・福山米助少尉
昭和12年01月14日『きょうから空軍の精鋭!』きのう飛五で連隊長初訓示飛行第五連隊;初年兵の入隊式、13日に第一中隊格納庫で;全将兵参列し、柴田連隊の訓示
昭和12年01月15日(1)あすの鳥人 空の護りにパス二月一日 陸軍航空技術校へ陸軍少年航空兵第四期技術生徒に採用の三多摩出身者は7名;2月1日に、所沢の地区軍航空技術学校へ入校
昭和12年01月15日(2)少年航空職工横須賀航空廠で五十名採用横須賀の海軍航空廠で、見習い職工を50名募集;うち、飛行器18名、飛行機実験部2名
昭和12年01月17日空中射撃演習仙台と三方原で行われる飛行第五連隊;空中射撃演習、第一大隊は仙台、第二大隊は三方原で来月1日から
昭和12年01月20日(1)また大量の求人こんどは横須賀海軍工廠から 見習少年に三百廿名横須賀海軍工廠;少年見習工320名の大量募集
昭和12年01月20日(2)零下廿度の厳寒を冒して耐寒飛行演習飛行第五連隊;耐寒飛行演習、19日払暁から実施
昭和12年01月20日(3)兵団長の立川隊初年兵視察飛行第五連隊;徳川航空兵団長の飛行第五連隊初年兵視察、19日に
昭和12年01月21日(1)雪四景飛行第五連隊;19日夜からの降雪で、各地の電線はほとんど全滅も、飛五は雪上飛行;九一式戦闘機
昭和12年01月21日(2)雪上飛行訓練飛行第五連隊;橇飛行はできなかったが、雪中飛行を敢行、耐寒飛行の2日目
昭和12年01月21日(3)あす特別射撃演習へ飛行第五連隊;航空兵団特別射撃演習に、明日22日に出発;村山村の陸軍爆撃場での実弾射撃飛行で手慣らし
昭和12年01月23日四機明野ヶ原へ特別射撃演習参加の立川機飛行第五連隊;航空兵団特別射撃演習に、22日に戦闘機と偵察機の計4機が明野へ出発
昭和12年01月24日飛五の慰安会飛行第五連隊;兵士慰安の演芸会、下士集会所で;東京旭登美会の芸人一行9名も
昭和12年01月30日満州国から景雲章鈴木大佐其他に下賜される飛行第五連隊;満州事変に出動の飛五前連隊長鈴木大佐に、満州国から勲三等景雲章;その他に、山口少佐、杉浦中尉、手塚特務曹長、野沢曹長にも
昭和12年01月31日(1)爆音禍の解消田無署へ自由学園側から 『なんとかしてくれ』と陳情中島飛行機製作所;田無の発動機試験所に隣接の自由学園と東京自動車学校、関係住民;嘆願書を田無署に
昭和12年01月31日(2)空軍の戦闘演習立川第二大隊の十七機が 一日から三方原飛行第五連隊;第一大隊の基本射撃演習に合わせ、第二大隊第三中隊が加藤大尉統監下で1〜6日、第四中隊が佐藤大尉統監下で3〜9日に、近藤大隊長の指揮で三方が原で戦闘演習;第三中隊は戦闘機6機に偵察機2機、第四中隊は戦闘機7機に偵察機2機
昭和12年01月31日(3)少年工試験は 東京で横須賀工廠と航空廠横須賀海軍工廠の見習工320名、航空廠の見習50名に幼年300名の試験は、飯田橋職業紹介所で2日間にて
昭和12年02月02日仙台と三方が原へ出発飛行第五連隊;第一大隊(12機)の仙台飛行場付近における射撃演習に;第二大隊・第三中隊(8機)の三方が原での戦闘演習に
昭和12年02月04日飛行隊前郵便局の開局飛行第五連隊前に新設の無集配三等郵便局、6日から開局に
昭和12年02月06日きょうから開局飛行第五連隊前に新設の三等局、今日6日から開局
昭和12年02月10日航空兵から転科飛行第五連隊;第一期教育中の航空兵のうち、27名が看護兵に転科;所沢陸軍病院に18名、立川陸軍病院に9名
昭和12年02月14日張りきる少年工予備試験を終えて 十六日の本試験へ海軍工廠と航空廠で募集の幼年工受験者;準備考査は、全員合格
昭和12年02月17日爆撃演習飛行第五連隊;第二中隊、遠藤中隊長の指揮下、19日に村山射撃場で爆撃演習
昭和12年02月18日(1)陸士予科合格立川隊の二名飛行第五連隊;2名が陸軍陸士予科試験に合格
昭和12年02月18日(2)飛五連隊兎狩り飛行第五連隊;田中連隊長以下400余名の将士が、西多摩郡吉野村の山林で兎狩り;【作業者注】連隊長名が違うのは、どういう間違いだろうか。
昭和12年02月19日立川から三機飛行団の爆撃演習飛行第五連隊;飛一、飛二、飛三、飛五、飛七の飛行団爆撃演習は、浜松陸軍飛行学校と八日市で、3月2日から;飛行第五連隊からは3機が参加
昭和12年02月24日飛行隊三月中の諸行事飛行第五連隊;3月の行事予定
昭和12年02月27日『軍人である以上 市は覚悟の筈』きのう殉職した大野軍曹の母語る下志津陸軍飛行学校;同校銚子分校生徒、航空兵軍曹の大野清徳君、殉職;国分寺町平兵衛新田出身;陸軍航空研究所に入所、職工として勤務;空の憧れから航空兵を志願し、飛行第五連隊に入営;所沢、八日市を転任して、下志津高に入学
昭和12年02月28日(1)三月の古よみ立川地方飛行第五連隊;行事予定
昭和12年02月28日(2)進級と任官立川隊で九氏飛行第五連隊;来1日の陸軍異動で、3名の進級と6名の少尉任官
昭和12年03月02日陸軍異動立川航空支廠などの定期異動
昭和12年03月10日(1)きょう陸軍記念日陸軍記念日;航空本部、航空兵団、東部防衛司令部主催の飛行演習(於月島)など
昭和12年03月10日(2)わが空軍の精鋭機 百四十余の大編きょう立川上空の壮観飛行第五連隊;空中分列式;江橋中将が総指揮官兼第一集団長、第二集団長井下少将、第三集団長近藤中佐の率いる146機;立川上空で分列式編隊を編成し、日野町上空を通過し、帝都上空へ;飛行第五連隊、飛行第七連隊、明野陸軍飛行学校、浜松陸軍飛行学校、下志津陸軍飛行学校の各機が立川に集結
昭和12年03月11日(1)盛観!無敵空陣空を圧して精鋭百四十余機 きのう立川上空で大編隊飛行第五連隊;空中分列式;所沢飛行学校長・江橋中将指揮の第一集団の戦闘機80余機に、立川からの60余機が空中集結;茨城県から遊覧バスで約100名が見学に
昭和12年03月11日(2)野外航法演習きょうから実施飛行第五連隊;遠藤大尉指揮下、今日から3日間、各務ヶ原を中心に野外航法演習;立川−各務ヶ原−西郷−米子−各務ヶ原の山陰一周、各務ヶ原−大刀洗−各務ヶ原、各務ヶ原−明野−石室崎−立川
昭和12年03月12日(1)帝都上空の攻防演習立川空軍と高射砲二連隊飛行第五連隊;高射砲第二連隊との連合演習を、22日から3日間、立川付近一帯で
昭和12年03月12日(2)産業と経済幹部候補生検定飛行第五連隊;幹部候補生検定試験、11日から;志願者58名、採用は28名
昭和12年03月13日山陰地方一周飛行出発飛行第五連隊;遠藤大尉指揮の第二中隊偵察戦闘5機、各務ヶ原に出発
昭和12年03月14日(1)教習生に採用航空廠少年工試験海軍航空廠に受験の府下児童20名;成績優秀者2名が教習所生に、4名は幼年工に採用
昭和12年03月14日(2)新京忠霊塔に合祀される病没の四勇士飛行第五連隊;飛行第五連隊所属の航空兵で関東軍に配属中に病没の4名、新京忠霊塔に合祀されることに
昭和12年03月18日(1)御見送り飛行の編隊編成飛行第五連隊;渡英の御名代宮殿下を見送りの編隊16機の編成決まる;指揮官、平田中佐(石川少尉操縦機に同乗);第一中隊、鈴木少尉・山本中尉、長島軍曹・橋本少尉、宮川伍長・上野少尉;第二中隊、半谷少尉・山田中尉、佐々木准尉・杢少尉、篠原曹長・今野准尉;第三中隊、加藤大尉、斉藤軍曹、川井伍長;第四中隊、福山少尉、熊谷軍曹、須藤伍長;第三中隊、川原中尉、中村伍長、松井軍曹
昭和12年03月18日(2)空中射撃演習飛行第五連隊;第一中隊、4月5〜11日に三方ヶ原で空中射撃演習
昭和12年03月19日(1)立川機廿二機奉送飛行飛行第五連隊;秩父御名代宮殿下のお見送り飛行に、所沢からの6機も加わった22機で、横浜の平安丸船上を低空旋回飛行
昭和12年03月19日(2)颯波少佐全快飛行第五連隊;連隊副官の颯波少佐、病気のため引き籠り中のところ、40日ぶりに出勤
昭和12年03月19日(3)希望者は四倍立川飛機会社の少年工立川飛行機制作所の少年工募集(250名);八王子職業紹介所では市内47名、市外60名;その他から約900名
昭和12年03月24日(1)照宮様立川へ廿四日御成り照宮様;24日に自動車で陸軍航空技術研究所に御成り;高等飛行を見学
昭和12年03月24日(2)飛行隊の四月行事決る飛行第五連隊;4月の行事予定
昭和12年03月28日航空技術研究所御見学東久邇宮盛厚王殿下;陸軍士官学校生徒の資格で、航空技術研究所と航空支廠を見学
昭和12年03月30日航法演習の立川機 八日市その他へ不時着搭乗者はいづれも無事飛行第五連隊;夕刊所報;航空技術研究研修飛行のため、立川−善通寺間野外航法演習に離陸した第四中隊の偵察戦闘機3機が、行方不明;菊池軍曹操縦機は滋賀県八日市郊外に不時着、熊谷伍長操縦の戦闘機はm名古屋練兵場に不時着、高浜少年航空兵操縦機は、敦賀付近に不時着
昭和12年03月31日航法演習機きょう立川へ帰還飛行第五連隊;第四中隊の立川−善通寺間野外航空演習機、善通寺の天候不良により立川へ帰還することに
昭和12年04月01日四月ごよみ立川地方飛行第五連隊;行事予定
昭和12年04月07日(1)秋の大防空演習五月から準備工作へ関東大防空演習、一府七県(特別参加の静岡);演習規約当を本部で作成し、準備へ
昭和12年04月07日(2)「全く夢中で飛び降りました」沈着須藤伍長談飛行第五連隊;第四中隊伍長、須藤徳彌(21)、少年航空兵出身;飛行演習中にエンジン故障、着陸操作に入り、飛行場に入り始めた刹那、プロペラが立木に接触したのを感じて、機上から飛び降り、無事
昭和12年04月20日靖国神社大祭慰霊飛行飛行第五連隊;指揮官、第三中隊帳加藤大尉;偵察14機で、靖国神社上空を高度500mで旋回
昭和12年04月23日(1)町田在に設置される飛行機の製作所日本航空工業が既に敷地も買収日本航空工業株式会社の飛行機製作所;町田在森野に
昭和12年04月23日(2)今月から実施立川飛機の一割増俸 諸物価の高騰を察して断行立川飛行機製作株式会社;請負単価値下げから物価がうなぎ上りに;全従業員のうち、今年度採用の幼年工を除き、一割内外の増俸
昭和12年04月24日軍都利用の詐欺懲役一年半多摩荘事件の多摩南郡七尾村高幡飲食店、進藤正信;詐欺および公正証書不実記載行使事件で、上告棄却;懲役一年六か月が確定
昭和12年05月01日五月の古よみ立川地方飛行第五連隊;行事予定
昭和12年05月02日立川飛行隊記念式と慰霊祭飛行第五連隊;創立十五周年、関係者500余名を招待して同隊航空殉職者の慰霊祭と慰霊飛行に、時節柄簡単な創立記念祝賀会;慰霊飛行は、同隊所属の約20機により一対の矩形陣を編成して一隊となすもの;過般の靖国神社慰霊飛行にも行われ、陸軍の慰霊飛行として慣習的に用いられることに
昭和12年05月04日(1)あす立川で連隊葬惜しまれる犠牲の若鳥飛行第五連隊;第三中隊、少年航空兵出身の越阪部睦雄上等兵、陸軍病院に収容も死亡;新聞記事では睦雄だが、叙勲書類では六雄
昭和12年05月04日(2)かねて覚悟の上乍ら 余りに早かった悲報驚く故越阪部航空兵の実家故越阪部航空兵の実家は、航空界最初の犠牲者、木村・徳田両氏の遭難地点と目と鼻のところ
昭和12年05月05日根津君が合格少年航空兵の第二次試験へ第八期海軍少年航空兵第二次試験の合格者;府下からは八王子市横山町の根津弘史君ひとりが合格;横須賀航空隊へ召集、体格検査後、四等航空兵に
昭和12年05月06日きのう立川で連隊葬余栄輝く故越阪部航空兵伍長飛行第五連隊;第三中隊の故越阪部航空兵伍長の連隊葬、第三格納庫で
昭和12年05月08日立川部隊特命検閲飛行第五連隊;13日の特命検閲、軍事参議官東久邇宮殿下をお迎え;飛行機で、徳川航空兵団長らとともに羽田から;第二中隊の教練、第三中隊の空中勤務等を検閲;飛行機で帰京
昭和12年05月09日東久邇宮参議官殿下 立川飛行隊へ輝く十三日の特命検閲飛行第五連隊;特命検閲使として、東久邇宮殿下お成り
昭和12年05月14日憧れの少年航空兵へ関戸君が合格武蔵野町の関戸敏雄君、学術試験第二位の成績で、少年航空兵試験に合格
昭和12年05月22日海軍の飛行予科練習生徴募海軍省、航空兵(飛行予科)以外に新たに甲種飛行予科練習生を徴募することに
昭和12年05月23日町民を驚町民を驚かせた深夜の轟音かせた深夜の轟音浜松機立川で事故立川飛行機株式会社付近に、地震のような地響きとともにものすごい大音響;浜松の飛行第七連隊の重爆○台のうち、1台が濃霧のため誤って高圧電線に機翼をひっかけ、切断したものと判明
昭和12年05月30日ガソリンの空缶爆発大音響に驚いた立川町民飛行第五連隊;材料廠鍛工場のガソリン缶1個で大音響とともに爆発;窓ガラス30数枚を破壊しただけで他の被害なし
昭和12年06月04日立川の十三機能代着飛行第五連隊;射撃演習のため、3日8時に立川を出発の第一大隊の偵戦13機、福島県小名浜町上空から仙台市を経て、正午に能代着
昭和12年06月05日四ケ村が足並揃えて 昭和飛機誘致運動補償問題その他も諒解成る昭和飛行機工業株式会社の敷地に選ばれた北多摩郡昭和、砂川、拝島、西多摩郡熊川の4村は村会を開き、満場一致で工場設置を会社に陳情を決議;敷地買収にあたっている立川町の沖田要氏は、今日(5日)に設立総会までに不調ならば神奈川県に候補地を選定する必要があることから、地主型と懇談;会社への工廠と地主側の考慮を取付け;最低326円、総額75万円と云われる
昭和12年06月06日(1)昭和飛機工場の敷地買収契約ほぼ成立直に工場設置の打合昭和飛行機工業株式会社の工場敷地買収、地主131名のうち熊川村の数名を除いて契約済み;関係者9名は、会社牧田社長、三菱の新井野伝吉、沖田要の三氏と会見
昭和12年06月06日(2)工事材料を自動車で盗出す立川飛機工事場から立川飛行機株式会社;工場拡張工事請負の棚橋組、工事材料が頻々に盗まれることに警戒中、セメント30袋を盗む怪漢を取り押さえたところ、工事出入りの運転手だったため、秘密裡に解決;それを立川駅前交番で探知し、極秘裏に取り調べ
昭和12年06月10日北郡田無町にグライダー練習場北郡田無町にグライダー練習場明治中学が率先設置グライダーを新設の明治中学、田無町芝窪の運動場に隣接して初歩のグライダー練習場を建設に
昭和12年06月11日立川機帰隊飛行第五連隊;第一大隊機の能代から帰還;青森、仙台経由で
昭和12年06月16日(1)ハア・空の立川機翼に明けて ”立川音頭”成る ”招くむさし野”とともに音盤へ松本氏の作詞を大村氏が作曲新興都市立川をシンボライズする立川音頭、完成;吹き込みへ
昭和12年06月16日(2)航法演習飛行第五連隊;第二中隊の偵察機5機、八日市へ航法演習;15~16日
昭和12年06月16日(3)除隊兵の就職斡旋協議飛行第五連隊;除隊兵約100名の就職斡旋へ
昭和12年06月17日”立川音頭”の音盤吹込み立川音頭;東京九段の日蓄吹込所で、吹込み;中島町長ら有志見学
昭和12年06月18日(1)”石川島自動車”の敷地買収終る地元に職工採用の優先権を東京石川島造船所が秘密裡に買収交渉中だった自動車工場敷地4万5千坪の登記手続き、16日に完了
昭和12年06月18日(2)海軍の実験上横須賀工廠で卅名を募集横須賀海軍工廠、30名の実験工を募集;立川町職業紹介所に斡旋を依頼
昭和12年06月19日平壌行きの航空職工募集立川支廠で数十名立川航空支廠;平壌航空支廠行きの陸軍工員数十名を募集;1年を立川支廠で教育し、5年以上平壌で勤務できること
昭和12年06月25日(1)三つ巴のうごめき昭和飛機の敷地買収を繞る 四ケ村大小地主と小作人昭和飛行機工業;工場新設により失地する小作人の代表者十数名、間内閣書記長、農相、内相、法相を歴訪して陳情
昭和12年06月25日(2)除隊兵就職協議飛行第五連隊;連隊内で除隊兵の就職協議
昭和12年06月26日(1)某軍需工場田無へ敷地買収交渉東京市月島の某軍需工場、田無町北裏に敷地3万坪を選定し、買収交渉;近く具体化の見込み
昭和12年06月26日(2)航空兵勤務召集飛行第五連隊;磐井航空兵予備見習士官以下19名、勤務召集を受け入営
昭和12年07月01日(1)七月の古よみ立川地方飛行第五連隊;行事予定
昭和12年07月01日(2)一部地主の強腰から 昭和飛機逃げ仕度第二候補神奈川側へ交渉の腹昭和飛行機工業の工場敷地買収:地主130名と交渉も、4〜5名の地主と価格折り合い付かず;神奈川県の第二候補と交渉か
昭和12年07月02日用地買収の行悩みは 中間策士の介在揉め続く昭和飛機敷地問題昭和飛行機工業;行き悩みの原因は、同社の発起人の某氏が他人を使って買収の他、会社書価格より低い価格で買収交渉が継続;中間のブローカーを排して直接会社と交渉;所轄の府中署でも内偵中
昭和12年07月10日(1)飛行隊視察飛行第五連隊;陸軍政務次官加藤久米四郎、同参与官比佐昌平の両氏、17日に視察
昭和12年07月10日(2)武蔵野立川連隊水泳演習飛行第五連隊;21日から来月31日まで、多摩川日野橋上流万願寺下で遊泳演習;小舟を用意しての演習も
昭和12年07月13日海軍からも認定八機の軍需品製造 近く工場検査の後下命八王子機械工業組合の軍需工業請負;横須賀海軍工廠、海軍航空廠らの関係者を歴訪、軍需工場と認められることに
昭和12年07月14日帆走機鮮やかに飛ぶ田無町の明治中学飛行場開き北多摩郡田無町芝窪の西武鉄道沿線2万6千坪に工事中の明治中学航空部のグライダー飛行場、竣工;13日に開場式;三浦環女史寄贈の「たまき号」「帝国書院号」ら3機の練習機;開場式には、帝国飛行協会副会長の田中館愛橘博士、逓信省石原航空官、文部省栗本体育官、奈良原男爵、三浦環女史、田無町長らの来賓;式後に、山内教官と航空部員藤森常雄君が模範帆走
昭和12年07月15日(1)田無青年・大空へ明治中学の飛行場完成を機に 帆走部設置案進む北多摩郡田無町芝窪の明治中学グライダー飛行場開場に際し、同町青年団も参列;同校の大橋航空部長から「当飛行場の利用、グライダー研究に着手してはいかが」との挨拶を受け、幹事会を開いて協議;同校飛行場は一般に開放方針で、学習院等から申し込み殺到
昭和12年07月15日(2)航空郵便激増八王子局扱い八王子郵便局扱いの航空郵便;設置の昭和4年は年7通、5年は5通、6年は24通、7年は37通、8年は74通、9年は205通、10年は522通、11年は1103通に;最近は毎月150〜160通の激増ぶり
昭和12年07月20日女工さん百名立川飛機が募る立川飛行機株式会社;女工100名の大増員、立川市苦職業紹介所に斡旋を依頼;高等小学校または女学校卒で、日給60銭〜1円;年齢は16歳以上30歳まで
昭和12年07月25日(1)立川飛機分会従業郷軍二百五十名が組織立川飛行機株式会社;従業員のうち、兵籍関係者をもって在郷軍人会立川飛行機分会を組織;24日午後に発会式;会員250余名
昭和12年07月25日(2)拡張紛争解決立川飛機工場立川飛行機株式会社;工場5千坪拡張、23日に全住民の移転許諾を得て、円満解決;近く、地なら着工へ
昭和12年07月28日(1)北支時局報告 刻下の実情講演と 生々しい事変映画界八月一日八市第三校で開催 各方面からの賛辞東京日日新聞社;八王子市役所と同市在郷軍人会の後援を受けて、北支事変時局大講演並びに北支事変ニュース映画会を開催;八王子市長、飛行第五連隊長・谷内中佐、海軍航空技術研究所・渡辺中佐らの談話
昭和12年07月28日(2)帆走機の練習田無飛行場で開催中明治中学グライダー部、25日から2週間、山内教官指導の下、夏季合同練習;青年団の江原道夫くん外数名も参加
昭和12年07月28日(3)愛国青年団号へ青梅青年が古新聞集め青梅男女青年団員500余名、愛国青年団号飛行機献納資金募集のため、各戸を歴訪して新聞雑誌類収集
昭和12年07月29日航空兵団長巡視飛行第五連隊;航空兵団長堀丈夫中将、2日に初度巡視予定
昭和12年07月30日結局は着工か 昭和飛機の工場不賛成地主はわづかに二名昭和飛行機工業株式会社;50万坪の工場敷地、地主2名が買収に応じないだけ;結局は着工か
昭和12年08月01日厳かに執行された 故中川大尉の連隊葬百数十基の花輪に余栄映えて飛行第五連隊;第三中隊付故中川大尉の連隊葬、第三中隊で執行;陸軍大臣(代理)寺内教育総監、堀航空兵団帳(代理寺井参謀長)らの参列
昭和12年08月03日立川関係 陸軍異動▽佐藤支廠長の栄転その他△航空技術研究所;佐藤立川航空支廠長、陸軍技術研究所総務部長へ;香積見物弼航空本廠長、航空技術宇研究所所長へ
昭和12年08月12日(1)砂川工場地化へ拍車 日立製作所の進出敷地卅万坪の大工場建設決まる日立製作所;立川付近に30万坪の敷地を買収し、工場新設へ
昭和12年08月12日(2)空都から二名本社の帆走機講習へ東京日日新聞主催、茨城県鹿島海岸でのグライダー講習に、立川から2名
昭和12年08月12日(3)昭和飛機土地登記進む昭和飛行機工業;敷地買収進み、合計64名分の登記終わる;約半数の地主が手続
昭和12年08月18日武蔵野町西窪地内に 中島飛行機の工場五万坪の買入れ きのう成立中島飛行機製作所;武蔵野町西窪の五日市街道沿いの畑地約5万坪の土地買収;中島喜代一社長、富沢喜一庶務課長、地主側から岡田氏外14名、秋本町長らの懇談結果、交渉成立して即時仮契約
昭和12年08月20日猛訓練に張り切る立川連隊飛行第五連隊;立川連隊、時局柄恒例の午睡も撤廃して各種教練演習に精進
昭和12年08月21日(1)士官学校新校舎九月七日に落成と決まる陸軍士官学校;町田在座間村に建築中の新校舎、9月7日に移転
昭和12年08月21日(2)本年末には事業開始昭和飛機会社立川町職業紹介所;昭和飛行機工業への就職希望者240名に
昭和12年08月21日(3)空陸攻防演習きのう立川隊飛行第五連隊;20日の午前と午後に、空陸の攻防演習;機関銃の音を聞いて、飛行場に観衆が殺到
昭和12年08月21日(4)武勲を誇らず”待機する次の機会” 北支、遠藤○○隊長の便遠藤○○部隊;立川町東日通信部に暑中見舞い
昭和12年08月21日(5)母校へ寄付町田町原町田出身の霞ヶ浦航空隊一頭航空兵・白鳥正治くん;町役場を通じ、模型飛行機とポスターを小学校へ寄付
昭和12年08月28日(1)好景気期待の 立川地方の年末暫次商農方面への潤い立川町;軍需景気;昭和飛行機の敷地を高値で売った昭和、砂川、熊川の各村地主は資金を豊富にもつも、商店や農家の預金は少ない;それでも、各種職工の購買力増大の傾向により、年末までには好況の期待
昭和12年08月28日(2)飛行隊視察飛行第五連隊;増野航空本部第一部長、28日に視察
昭和12年09月02日空中戦闘の散華南郡川口出身の小川一等兵 ”かねて覚悟”とけなげな家人海軍一等航空兵小川仁三君、31日に上海方面の空中戦闘で戦死、即日、三等航空兵に昇格
昭和12年09月03日東久邇宮殿下立川陸軍航空研究所へ立川陸軍航空研究所;2日、航空本部長東久邇宮殿下の初度巡視;高官異常は御陪食の光栄に浴、香積所長に御下問
昭和12年09月04日(1)無敵紅軍の誇り ”北支の荒鷲”散る上野中尉・戦死と認定○○隊航空兵少尉上野龍太郎氏、8月9日に行方不明となり、戦死と認定、中尉に特進
昭和12年09月04日(2)所沢機畑に墜落 搭乗勇士殉職航空学生連盟から 初入校の荒川君所沢飛行学校へ入校中の操縦候補生荒川少意上等兵、偵察機を操縦中、機体故障から墜落、死亡;初の大学修出身操縦候補生;飛行第三連隊整備隊に入隊、操縦候補生として5月に採用、飛行第五連隊に入隊し、5月10日から所沢へ;2ヶ月後に卒業を控え
昭和12年09月05日(1)東久邇宮殿下立川陸軍航空支廠を御巡視立川陸軍航空支廠;航空本部長東久邇宮殿下の初度巡視のため、自動車でお成り;熊川の同支廠倉庫も巡視
昭和12年09月05日(2)大野村上鶴間 陸軍用地の買収近く正式既契約の運び大野村上鶴間の陸軍用地60町歩の買収;近く正式売買を結ぶ
昭和12年09月07日斉藤少将査閲下に防空演習の正式査閲 立川機も参加17日からの防空演習;6日に正式な査閲;飛行第五連隊機も参加、小林伍長操縦・根本少尉登場の偵察機が出動
昭和12年09月09日気のよい求人の申込み立川飛行機株式会社;木工100名、仕上げ工50名、ターレット工4名を新たに募集;熟練工で日給1円50銭以上、ターレット工は日給2円50銭以上4円まで;18歳〜35歳
昭和12年09月11日軍用機献納運動へ合流青年団長会議府下1市3郡の青年団長および幹部会、大日本青年団の軍用機権能計画に賛成、資金を得るために、古新聞・古雑誌を各市町村青年団を通じて寄付に
昭和12年09月14日(1)輝く出身兵の奮戦史 わが海軍荒鷲部隊の華 赫々、堤兵曹の武勲中南支各地の爆撃と敵機撃墜元八王子村大下一分の堤勘七兵曹;実父への手紙でカーチスホーク2機やノースロップ2機を撃墜
昭和12年09月14日(2)北支の空爆戦に 気を吐く北郡のニ君転戦また転戦の実況を便りに○○部隊の航空兵軍曹間野宇平くん、航空兵伍長小山栄雄くん
昭和12年09月16日非常時色を盛込む ”軍国調”着尺物やネクタイ等の新図柄八王子市の某製造業者依頼により染色試験場図案部から新考案;爆撃機や巡洋艦模様
昭和12年09月21日(1)陸の三荒鷲 新任務に就くため きのう突如凱旋北支の戦況を斎らして北支○○部隊○○兵少尉・内容美雄、同・松本典重、同伍長・佐藤重治の3名、突如凱旋
昭和12年09月21日(2)張切る元気で 待機!次の攻撃伴大尉から本社通信部へ便り北支○○部隊から凱旋3氏、伴徳治大尉からの手紙を持参
昭和12年09月21日(3)夜具にも軍国調青梅織組合の新図案青梅織物の夜具地、座布団地の展覧会;軍国の秋に相応しく飛行機、慰問袋等を図案化した夜具地
昭和12年09月22日(1)北支と南支から血沸く戦報 敗走する敵を追撃し 勇猛果敢の空爆猛射活躍する陸の荒鷲佐藤伍長立川飛行機株式会社飛行士であった佐藤静蔵くん、近藤部隊に属し、伍長;同社の同僚あてに手紙
昭和12年09月22日(2)立川飛機視察立川飛行機株式会社;陸軍政務次官加藤久米四郎氏、21日に視察
昭和12年09月24日(1)佐藤大尉の戦戦に 北支戦線の国際佳話仏宣教師、遺骸を収容わが軍へ北支○○部隊の佐藤主計大尉;戦死から遺骸収容までの経過情報;現地の仏人宣教師が教会に遺骸を収容、旗を振って付近の低空をと捜索する同隊機に知らせ
昭和12年09月24日(2)十月上旬起工昭和飛機工場昭和飛行機工業;工場敷地、地主1名を除き全員が売却を承諾;10月起工に
昭和12年09月28日(1)勇猛! 陸の荒鷲の戦報 わが決心の爆撃 敵兵百余を見事殲滅北支わが空軍の華・・・・山田中尉と佐々木准尉北支○○部隊○○兵中尉・山田壮一氏、同准尉・佐々木政治氏;佐々木准尉から夫人へ陣中通信
昭和12年09月28日(2)軍幹部の搖籃完成 晴れの移転入校式卅日座間の新装士官校陸軍士官学校;総工費270万円で町田在座間村に新校舎;建設完了、30日に移転;士官学校前駅(前の座間駅)から新装道路を南へ約1km
昭和12年10月01日一千名を募る 飛行機の見習工一千名を募る 飛行機の見習工校長の推薦を待つ立川飛立川飛行機株式会社;今年度、見習工を1,000名募集
昭和12年10月05日”愛の浄土”を決意の後 晴れやかに訣別訪問陸の荒鷲、故佐藤大尉の未亡人柴田部隊;故佐藤主計大尉の夫人梅子さん、夫の後を追って投身自殺;1日、名古屋の夫実家から立川の知人宅や部下宅を訪問していた
昭和12年10月06日全軍舌を巻く荒鷲、遠藤部隊の活躍 北支の敵陣を蹴散らして遠藤部隊;敵陣へ不時着の山田壮一中尉・佐々木政治准尉、杉本少尉・桐生伍長、機銃で応戦して撃退;敵前に着陸して味方に偵察連絡した片倉恕中尉・篠原曹長
昭和12年10月07日二少尉壮途へきのう立川発猪野正作航空兵少尉、小松信雄同少尉、○○部隊に出発
昭和12年10月10日愛児の霊と共に 決死爆撃を敢行せん悲壮!荒鷲部隊小山伍長の決意北多摩郡東村山村出身の小山英雄伍長;先月に長男一夫君が病死;一夫と二人で徹底爆撃に思い切って働けると、妻女への手紙
昭和12年10月12日立川飛機幼年工斡旋協議立川飛行機株式会社;12年度、13年度に大量1,000名の求人;八王子市職業紹介所、立川町紹介所と協力して志望者を集める
昭和12年10月17日北支空爆戦の散華 荒鷲五柱の慰霊祭廿四日午後原隊で執行北支にて戦死と認定の上野龍太郎航空兵中尉、佐藤主計航空兵大尉、高野久雄航空兵伍長、時田鉄五郎航空上等兵ら、原隊(飛行第五連隊)で合同慰霊祭
昭和12年10月21日北支の荒鷲 武勲燦!万能部隊 寧日なき爆撃と偵察行柴田部隊長以下意気愈々軒昂柴田部隊;爆撃に、偵察に;9月初旬に、第一回のエンジンオーバーホールを終える;遠藤部隊長、篠原部隊長、青木部隊長
昭和12年10月23日道路買収でまた紛糾昭和飛機用地昭和飛行機工業株式会社;敷地内の既設道路の買収開始により、坪5円を関係地主が要求;一等地の買収価格が坪1円70銭余に対し、今までに管理費を支出していると主張
昭和12年10月24日(1)われ等の荒鷲部隊は 北支で斯く戦えり梅川准尉が齎した実戦報告故佐藤大尉の遺骨を捧げて帰還の梅川准尉、三か月ぶりに立川の自宅へ;部隊の活躍ぶりを語る
昭和12年10月24日(2)北支戦の荒鷲三柱 立川へ喪の凱旋きょう午後、二柱を合わせて合同葬儀佐藤主計航空兵大尉、高野久雄航空兵伍長、時田鉄五郎航空兵上等兵の遺骨、立川に到着;帰神祭
昭和12年10月26日早く叩き落せ!と わが荒鷲を地上から声援佐藤航空兵伍長の便り近藤部隊の佐藤静蔵航空兵伍長;北支で初めて行われた空中戦を地上から観戦、その観戦記が到着;敵機はカーチスA12シュライク
昭和12年10月30日模型飛行機の上昇記録か五分間飛び続けて行方不明中島立川町長の長男宗一君(20);翼幅1.6mの手製の模型飛行機を飛ばし、行方不明に
昭和12年11月03日陸軍異動立川関係の分航空技術研究所、飛行第五連隊の進級
昭和12年11月11日荒鷲隊便り北支○○根拠地の柴田部隊に、断髪洋装の美人現る;山岸元海軍中尉(五・一五事件)のお姉さんで、北支戦線の唯一の婦人記者;立川旭町の某所にニュース届く
昭和12年11月12日長距離機の試乗”航研”藤田少佐の重圧航研機;今回の試験飛行は、陸軍航空技術研究所の藤田少佐による;少佐は、陸軍の誇る至宝;木更津飛行場で離陸の機会を狙う;研究所や航空支廠でも、試験飛行に協力
昭和12年11月20日わが児の負傷よりは 先ず飛機損傷の詫感激させられた笠井軍曹の父飛行第五連隊;夕刊既報;18日に不時着した航空兵曹笠井松三くんの父、山梨県南巨摩郡中島村にて製糸業;不時着の報を受けて同隊に出頭し、谷内部隊長に面会;「大切な機を大破して申し訳ありません」;立川病院に松三君を見舞い、部隊長に病将兵慰問にと、30円を寄付;松三君は負傷なく、着陸の際に桑畑損傷を恐れ、作物のない場所を選んだと激称
昭和12年11月23日(1)飛行機から投出されて 無疵!猫みたいな幸運兵福本君の便りに父親の快笑西多摩郡増戸村出身の航空兵、福本信三くん;離陸前の機体を点検中、飛行機が動きだして機体にしがみつき、場外の藁と草原になったところに投げ出されても、傷一負わず;戦友から猫のようだと
昭和12年11月23日(2)海の荒鷲の合同葬江南空爆の海の荒鷲、南部少佐以下29柱の第六回横鎮管内合同海軍葬;南多摩郡川口村出身の一等航空兵曹小川仁三氏も
昭和12年11月30日(1)北郡の砂川に 某大工場の触手極秘裡に敷地買収交渉北多摩郡砂川村、立川飛行機の分工場設置や石川島製作所の自動車工場新設;某重工業会社の工場敷地の第一候補に;秘密裡に工廠;昭和飛行機の向こうを張るに足りる
昭和12年11月30日(2)東久邇宮様立川工作所御成立川工作所;野沢三喜三氏、経営;東久邇宮航空本部長殿下お成り、工場を視察
昭和12年11月30日(3)敵機卅数機を撃墜 永久に輝く荒鷲武勲八市が生んだ海空軍の小島兵曹26日に戦死を遂げた、南多摩郡小宮町西中野出身の二等航空兵曹小島寿夫くん
昭和12年12月02日(1)飛行隊辞令飛行第五連隊;辞令
昭和12年12月02日(2)立川飛行機株式会社;試験の上採用した幼年工1,000名のうち、今年高等小学校を卒業した310名;辞令交付と入所式
昭和12年12月03日(1)立川飛行機工場御視察立川飛行機株式会社;6日、東久邇宮航空本部長殿下、工場作業をご視察に
昭和12年12月03日(2)歳末漸く迫って 賑わうボーナス談義皮算用はうれし俸給生活層ボーナスの季節;軍需工業関係社が横綱格;某軍需工業会社では、最高70割、最低でも30割は下らないでしょう、昨年比で5割高も、軍需工業会社としては普通でしょうの談
昭和12年12月03日(3)”調停”を出し抜き あっさりと妥協昭和飛機敷地と小作人昭和飛行機工業株式会社;昭和村大字川原の小作人18名、佐藤弁護士を立てて、昭和飛行機工業株式会社と地主を相手に小作調停申請;27日に最終調停予定のところ、小作人側は佐藤弁護士に無断で同社と妥協、解決;佐藤弁護士は、医薬による損害賠償と委任時の契約履行を要求
昭和12年12月05日東京瓦斯電気工場大和村へ明年末には操業東京瓦斯電気工業会社;大和村芋窪を中心とした付近5万坪の買収交渉を終わり、登記を開始;明年夏までには工事に着工し、同年末には操業開始;第一次更新採用は500〜1,000名で、地元は期待
昭和12年12月07日(1)立川飛機拡張工場地鎮祭立川飛行機株式会社;現工場の西側と南側に約1万坪、砂川村に約1万坪の敷地を買収;9日に地鎮祭
昭和12年12月07日(2)海軍航空隊教習生募集八王子市職業紹介所;海軍航空廠教習所生徒を募集開始
昭和12年12月10日(1)立川飛機工場の地鎮祭立川飛行機株式会社;地鎮祭を執行、佐藤陸軍少将航空技術研究所所長、谷内飛行第五連隊連隊長らが参列
昭和12年12月10日(2)荒鷲喪の凱旋小宮町西中野出身の海軍二等航空兵曹小島寿夫くんの遺骨、横須賀の原隊で告別式;その後、八王子へ凱旋
昭和12年12月10日(3)立川のボーナス景気空の都、立川;1日、飛行隊がトップを切って支給;陸軍航空技術研究所や航空支廠も2日に支給
昭和12年12月11日本紙を前に歓喜 同僚の武勲と雄姿立川飛行機工場工員達の誇り立川飛行機株式会社;本紙記事で、元気な同僚を見つけて歓喜;同社網川購買主任、本社に謝意を表した
昭和12年12月12日両勇士の遺品飛行第五連隊;柴田部隊の航空兵少佐成瀬薫、同中石川千代蔵両氏の遺品、到着;谷内連隊長以下の手で、郷里に発送
昭和12年12月18日(1)『世紀の翼』立川へ巨大な姿に町民も吃驚航研機;陸軍航空技術研究所;藤田少佐操縦で飛来;研究所の専門家連は少佐の説明で見学;町民は巨大な姿にびっくり
昭和12年12月18日(2)三勇士の海軍合同葬儀中支空爆中に散華の栗本敏樹中佐、白根定男少佐らの第七回合同海軍葬、横須賀海兵団にて;府下関係は、3氏;南多摩郡小宮町西中野の海軍二等空曹・小島寿夫氏、北多摩郡村山村大字中藤の三等機関兵・荒畑章平氏、西多摩郡西玉村羽の三等兵曹・下田勝之助氏
昭和12年12月19日海の荒鷲無言の凱旋小宮町西中野出身の海軍二等空曹小島寿夫くんの遺骨、八王子へ無言の凱旋
昭和12年12月21日(1)光栄に輝いたきのうの府下各地陸軍士官学校;天皇陛下の行幸
昭和12年12月21日(2)白衣勇士凱旋藤崎航空一等兵柴田部隊;航空一等兵藤崎正元くん、名誉の負傷で凱旋し、立川陸軍病院へ入院
昭和12年12月21日(3)航空神社へ大鳥居献納立川飛行隊南西の航空神社、鳥居の荒廃甚だしかった:埼玉県入間郡水富村古谷喜三郎氏が関係者の諒解を得て、白木の大鳥居を献納
昭和12年12月29日軍需景気に煽られて 学童の中途退学続出学務当局驚いて対策講究軍需工業の隆盛に伴って、高等小学校から学業半ばに飛び出して職業戦線に;特に八王子、立川、日野の各校は300余名の退学者